以前にも書いたことのあるお話ですが…。

 中学校の風景の写真は自衛隊の町雀の宮の中学校に勤務した3年間のものです。私はさっぱりわからない写真部の顧問であり仕方なくカメラを持っていたこと、クラスに写真大好きな少年がいたことの二つの理由からいろいろな写真が残っているからです。

 ここで2,3年と持ち上がったクラスに「12の会」というのがありました。たまたまお互いの誕生日が、5人とも月が違えども12日生まれだったのです。それで彼らは「12の会」を作って「先生も入れてあげます。」と申し出てくれました。私はその中の一人と同じ「6月12日生まれ」だったのです。」「先生と僕名前の漢字も同じ、誕生日も同じ」本当だ。という訳で私自転車下手なのにサイクリングに連れて行ってくれたり。

 自衛隊の街は転勤が多い。それにしてもIさんは2年の初めにきて3年の夏休みにまた古巣の北海道旭川へ転勤となりました。

 彼らのうち4人が同じグループになった時、Iさんを含む3人の女生徒も含めて約束をしました「志望の高校に入れたら北海道へ行くからね。」「じゃ泊りにきてね。」と。

 皆志望校合格、夏休みに意気揚々と高校へ旅行届を出しました。でも二人を除いて全部違う高校の男女混成グループとわかった時点で待ったがかかりました、誰大人の保護者がついて行くように。

 お母さんたちから要請が来ました。「先生一緒に行っていただけませんか。」

 私引き取った娘まだ2歳、学校だって研修や日直もあり忙しい。ただこういう時妙に理解があるのが母、「かわいそうだから行ってらっしゃい私と大伯母ちゃまと菅谷のおばちゃんで見るから大丈夫。」母は家に遊びに来る生徒たちのファンなのです。

 日程をやりくりして4泊5日。満員の特急列車と青函連絡船と乗り継いでまず半日札幌へ。

 夜行から降りた、大通公園で買った駅弁食べました。

              

 その頃駅の近くにあったホテルのてっぺんの回転レストラン見上げて「先生あそこでお昼食べると高いでしょうか?」それがバラバラに3人聞きに来る。「わかった、一番安い物おごってあげる。」てっぺんでカレーライス食べました。

             

 一回り1時間かけて。それから旭川へ。7人もの大部隊を泊めるためにお兄さんは親戚へ泊りに行ってお部屋明けてくださいました。

 翌日8月初めだというのに紅葉の始まった層雲峡でなぜか前の年まで同じ中学校に勤務していた同僚に会いましたびっくりした相手は顔見知りの何人かを引き連れた私を見て「修学旅行?」そんなわけないでしょう。去年京都へ行ったんだから。

              

 そしてそのまま函館へ出ました。今度はIさんも一緒夜景を見ました。8人で函館の修学旅行旅館の大広間の端っこに男女にわかれて休みました。

                

 函館観光のバスに乗り込みました。左端背の高い7月12日が幹事役のカメラマン。(なぜかこの中の3人が中学、小学校、特別支援学校の教職を今年3月でおえました。)

 で7月12日はすべてのチケットを私からお金もらい8人分買いみんなから徴収、私に渡してていました。最後に青函連絡船に乗り込んだところでIさんとは別れました。でも彼8人分お弁当買ってきちゃった。「先生二つ食べますか?」食べるわけないでしょう!でお金は二つ分出して男の子がわけて食べました。

 急行八甲田の硬い背もたれの椅子での一夜、私は因数分解をやらされました。きれいな形で解けて気が付いたら宿題の本人6月12日は爆睡してました。

 

 こんなおかしな旅をさせてくれた彼らに今は感謝です。