私のところへこちらにきてから何回かフィリピン人のJから電話がかかる。どうも彼のアドレス帳の誰かのすぐ上か下が私らしい。バルが鳴る名前みるとJ。出る。「Hellow」あちらはこんなおばあさんの声を期待していなかったらしい。「Who are you ?」かけてきたのはそっちでしょう。「私は○○子よ」「アラごめん」となってついでに元気?子供大きくなったでしょう?みんな日本にいるの?「奥さんによろしくね」で幕切れ。生まれたての子供に来る通知が日本語でよくその紙持って私のところへやってきていたっけ。でもその子たち、もう20歳と17歳だものねエ。
という訳で私も同じ間違いを卒業生の.U 君から電話がり出先だったのでかえってきてかける時Uさんかけてしまった。
イタリア旅行に一緒に行ったお友達。
もう一人の方がご主人の転勤で東京に戻られ、一人になったので私たち夫婦の北欧旅行にご一緒することになった方。ずいぶんご無沙汰で思わず30分ほど話し込んでしまった。
北欧の旅は交通網が複雑で面倒だったので割と日程の緩やかなツアーに入ることにした。
1999年6月26日とある。おりしも夏至の日のスェーデン。
でもさすが涼しいのでこの格好。
夏至の日は日差しの少ない北欧ではうれしい日だという。女の人は皆花の冠をかぶっていた。銅像までも。
対岸の王宮まで行って一部解放されているところを見学する。
何しろ王室メンバーが多すぎてお金がかかるから入場料を取って稼いでいるそうだ、王子たちはカーレーサーだったり、外国人の通訳と結婚されたり、王女が先に生まれれば次世代はクイーンになるなど、日本の皇室とは全く違うご一家らしかった。
対岸のアムステルダム市街までフェリーで帰ったが、さっぱり言葉の通じないイタリア人の一行と一緒。陽気で楽しい。片言の英語と手まねで悪戦苦闘しては笑い合ってきた。
友達はおしゃれけのない方で老けて見えるが年齢は私と同じくらいなので楽しいお友達だ。
ノルウェー・デンマークと旅するわけだが、よく二人でおお笑いしながら歩いてきた気がする。夫は単なる用心棒だったみたい。
思い出話は間違い電話から。そのあとまたU君とおしゃべり。メールのやり取りばかりの昨今、お話するのも楽しいものではありませんか?!



