前の方は以前い書いた記事から。                       

 母は97歳くらいかなあ。あんなにおしゃれだった母がと思わないでほしい。だってお風呂から上がってきたところ、リハビリ病棟の一角。弟君が「おばあちゃんいい匂いだよ」っていったらちょっと得意そうだった。

 痴呆が始まったころ娘は「この間預けたお金どうした?」といわれてあずかってないのにと怒っていたけど「あ、銀行に預けちゃったからおろしてきて返すわ。」っていいなさいって教えた。その時だけのことだから。

 夜中に起こされて訪問医の先生が見えたから起きてという。「あらどこかしら見つからないわ。探してちょうだい。」と机の下を覗く。先生が机の下にいるわけないなんて理屈は言わない。仕方がないから一緒に覗いてみたり。あちこちしてから携帯を見ながら「先生急患が出たので慌てて帰られたわ。また見えるって。」というと安心してさっさといびきかいて眠る。そんなことがしばしば。私って稀代の嘘つきじゃないの!

 病院でおやつの玉子ボーロ一つずつ渡していたら、私の指輪に目を止めて「あら、結婚したのよかったわね。」って。

                    

 細かいこと気づくのねえ。傍で白髪のおじいさん「おかげさまで50年以上仲良く?やってますよ。」いいお答え。

 

 施設に預けっぱなしでかわいそう、きわめて日本的な考えであちらのお姑さんが「おばあちゃんおうちに帰りたいね。」といったら「看護師さん名前をあげて「アラ○○さんがいるから大丈夫ヨ。」生まれてからずっとおつきのねえやがいた母ならでの発想。手慣れない私の介護よりよほど塩梅はよかったらしい。

 その◇◇家のご令嬢二人80代。娘の結婚式で大好きな「ちいおばちゃんにはどうしてもきてほしかったのだという。車いすで送迎の車出した。

     

 叔母は最後はキリスト教系のホームにいた。こちらは最後まで痴呆にはならず従容として死を迎えたと聞く。

 

 リブログで入れようと思ったらうまくいかなかったのでもう一つのエピソードも。結核呼吸器センターに入院していた時。入っていくとこんな母がいた。

     

「どうしたの?」思わず大声をだした私のところへ看護師さんが飛んできて慌ててボタンを押した。何しろ置いておくと何のボタンでも押すのでどけておいたのだが食器を片付ける間ちょっと目を放して置いたままにしたら、自分でいじったらしい。見事なV字倒立であった。さすがに運動得意だった母である。

 

 母が逝って6年に間もなくなる。