短期記憶はさっぱりだけど昔のことは覚えている。そんな年になった。

 

 庭は私がむしるより早く草だらけになる、あちらのおばあちゃまも弟孫も畑作るのは好きだけど、間に草が伸びてきても、「もう少し伸びたら」といってなんだか草だらけ。仕方がないちょっとだけむしって3か所蚊に食われ撤退。でも発見。

 

        

 

     

 本日の収穫。ご立派。我が家はポテトサラダとかより生野菜ぱりぱりのサラダが皆さんお好み。さてどう料理しようかな。

 

 

 1980年、あなたはどうしてた。

     

 後ろの男性5人、月は違えども全部12日生まれ。そして茶色の彼と私は6月12日うまれ。おまけに彼の〇夫、と私の〇子の〇には同じ文字が入る。それを発見した彼ら「12の会」を結成。「先生も入れてあげます。」と引っ張りこんだ上、貴重な日曜日なのにサイクリングに誘ってくれた。前の左から2番目の彼女が北海道に転校したのが3年の夏休み。翌年約束した後ろの4人と前の2人に北海道行の保護者を命じられる羽目になったのはどこかで述べた。

 正確にいえば1681年。彼らが卒業した後、同学年の先生方と伊豆巡り。それまでせっせとお金を積んで職員旅行などしていたのが下火になっていたが私が転勤とか退職というと長年幹事をしていたせいかどこかへいこうとなる。         伊豆半島巡り。

 男性4人は多分宿で忘れかけていた麻雀に取っ組んでいるので散歩に出たところかな?

 二歳の娘は小さい時から見ていてくださったオバチャンのところにお姉ちゃんが二人いるので嬉々として「リョコウ」にいっていた。

 

 このところ娘が金土月とお弁当作りしている。でも早起きの癖がついているのでパンとスムージーとハムエッグとか作るとすることない。「手持無沙汰も、寂しいね」っていったらお兄ちゃんがきいていて娘がいいに来た「おばあちゃん明日はお弁当作って。おばあちゃんのお弁当がいいって」なんかちょっぴり有難迷惑かもしれないがうれしい。

 

 夫が替わりに晩御飯の写真あげるって。これもちょっと有難迷惑かもしれないけれど、

        

とりからげ甘酢あんかけ。

        

 大根と人参を豚角煮で煮たもの。上にあった彩のいんげんはすでに消費済みらしい。

       

 サラダとポテトフライ。この胡瓜は市販のもの。ミニトマト自家のもの。サニーレタスも然り。

 

 

 

 

 

         

 雨の季節だから。1980年の歌。