いよいよ明日からワクチンの受付が始まる。でもかかりつけの病院は医療従事者で未接種の方優先とか。慌てず粛々と手続きをしよう。

 

 ここでのんびりと思い出の木造校舎の四季など振り返ってみたい。

     

正面入り口の左側、ここが宿直室。保健室なんてないから、具合の悪くなった子はここに寝かされたりした。右側の3教室の境を「ブンヌク」と講堂となった。

 

 鹿沼市の丘陵地帯に位置する農村では言葉がわからないこともあったがそれ以上に驚くことばかり。

 西の昇降口から東の昇降口へ抜ける廊下を長靴のまま通り抜ける初老の男性に慌ててスリッパをもって走った。「どうぞこれをはてください」と。どうもややアル中の彼は通り抜けごめんだった様で「新しく来た若い先生に怒られたから次からは裏通るべ。」ってお詫びになんだか覚えていないが一抱えの野菜を手渡され「あんたすごいねえ、Nさん説得したんだ。」って校長先生に褒められた。

 田植えのシーズンは牡丹餅が、新そばのシーズンはひきたてのそば粉が(男先生に蕎麦打ち名人がいた)、そして年末にはごっそりともち米が届けられ、暮れの28日くらいに小遣いさんの住み込み住宅で餅つきとなる。自宅が農家でもない限り教職員集まっての餅つきだ。「ホイ!ホイ!」と掛け声をかけながら熱い手を水に浸してはお米の塊をひっくり返す捏ね取りが初めてにしては上手だとおだてられていく臼かやらせられ、腰が痛くなったっけ。大根おろしをまぶしたつきたてのお餅があんなにおいしいって初めて知った。ついた餅は家族分いただけた。

 圧巻は卒業式の翌々日、県立高校合格発表の日だ。早朝から学校に詰めて結果を見守る。6時の発表の後。職員室には合格祝いに届けられた赤飯の重箱が積み重なる。熱々の赤飯を掌に載せてごま塩をふって食べる。お昼も然り。あまりは小遣いのおばさんが用意しておいてくれた竹の皮に包んで持ち帰る。

 その他にも私は都会育ちで珍しいだろうからと新ラッキョウができると天ぷらを揚げ赤飯を炊き、柔らかいまだそれほど辛みのないラッキョウに味噌をつけて食べる夕食に招かれる。夫はちょうど夜間定時制高校勤務。夜は給食だって知っている。「先生今日はうちで夕飯にすっぺ、帰りは息子が酒飲まないから送ってくよ」ってお誘いが来る。

 妙な慮りなし、そういう時は喜んでごちそうになりなさいって校長先生に言われ私も喜んでご相伴したり。

  

      

 校長先生、女の子と並んで写真撮ってもらってご満悦だ。剣道七段のつわものだった。

 「先生Kがヤマガッコウ(さぼり)しとるって電話だよ。」小さくて自転車に乗れないのでよく学校休む。「迎えにいきます」都会育ちの私自転車乗れなかった。近くの自転車やさんが貸してくれた古い自転車で傷だらけになって乗れるようにした。そうでないと広い学区を夏休みの家庭訪問で歩きで回らなければならなかったからだ。もう3年目くらいだから自転車は学校に置いてある。校長先生「一人で捕まえるんじゃ大変だ、一緒に行ってやるわ。」自転車引っ張り出して現場へ。片側から私が林の中追いかけて出口で挟みうち。私とKは全身ヌスビトハギに覆われた。授業のある私は急いで帰校。なんとはかセーフ。まあついた勲章をとるのにひとしきり生徒に楽しんでもらったけど。そのあとお説教したり励ましたりしながら校長先生がKを連れて歩いてこられた。休み時間にまたみんなで集まってヌスビトハギをとる騒ぎ。とりあえず、宿直室でお昼食べさせてその日は終わった。でも夏休みにはKも自転車克服、私より上手になって学校も休まなくなったっけ。

 Kは光男という

 

      光男

 光男が自転車に乗れた日

 臆病がこそこそ逃げて行った

 そしたら……

 遠いと思っていた学校が

 すぐそこにあった

 

    光男のいい友達になってくれた広

 

           広

    広はしっぽっをふらない子犬

    秘密の場所に穴を掘って

    愛を埋めて置く

    でも 黒い瞳の底に

    やさしさが揺れている