戦時中の陸軍の馬小屋を立て替えたものだとまことしやかに伝わっていたけれど真偽のほどは知らない。

          

 初めて赴任した時はびっくりした。窓はゆがみ、床にはところどころ隙間がある。あまり認印やお金を落とすものでそのたびに床を切り取り、拾ってまた上から板を張る。市に頼んだ修繕を待たずに職員作業で床を張り替えたのがこの夏休みだったかもしれない。

 

 生徒たちは素朴で楽しかった。

        

 先生も素朴だったのかもしれない。「先生のこと大好きです」って打ち明けられて「ちょっと待て」って待たせたまま担任の私のところに飛んできて「なんて答えたらいいでしょう」って聞きに来た先生「『先生も一生懸命教えたこと覚えて勉強してくれるから君が好きだなあ』とでも答えてください」といい加減な答えしか出なかったけど、彼女はまじめに勉強して歴史は誰にも負けなかったっけ。その恋はどうなったって?さあ何事もなく卒業し高校へ進み、…今は病院で介護の仕事をしている。きっと孫もいるだろうけれど、この前話題に出たかどうか定かじゃない。

 

 

 

 五月の林で

 

   もろくこぼれてしまいそうな心を

   少女はもてあつかいかねていた

   ”あこがれ”と呼ぶには  

   すこしばかり生々しすぎたので

   木陰に座った少女のほおに

   日ざしのせいばかりでない

   紅がそっとしのびよっていた

   指先ではらいのけても はらいのけても

   まぶしく 甘く 痛い光が

   胸をさしにきた

   風になって

   あの人に 緑の香りを運びたいなんておもっていた

   こずえの中で

   罪作りな5月の鳥が

   明るい唄を歌っている

 

 卒業式の答辞の中で生徒会長がこんな一説を読んだ。(言葉は正確に覚えていないけれど)

「石炭ストーブの上で薬缶が湯気を立てています。男体颪が窓をガタガタならす中で先生の教科書を読む声が流れてきます。」どんな行事の思い出よりも一斉に女の子が泣いたのはこの部分だった。

 その生徒会長は40歳で子供を3人残して肺がんで逝った。

 

 古い校舎の写真を見ると次々と思い出がよみがえってくる。