東日本大震災から十年、それにかかわる番組が毎日放映されている。
自然の脅威をあれほど感じたことはなかった。テレビを見ながら、背中がぞわぞわとそそけだつような感じがした。
どんな言葉を尽くしたところで当事者でない私にその苦しみも悲しみもわかりはしない。これはその時報道された事実から書いた詩である。
だからその時の思い出だけを綴ろう。
スタートは私たちのところではちょっと大きな地震程度だった。
お兄ちゃんは間もなく卒園を控えた幼稚園の年長。弟は年中だった。
金曜日は3時半からプール。まだ元気だったあちらのおじいちゃんが車の送迎に来られた。玄関のドアを開きに娘が出て行ったその時グラっと大きな揺れがきた。娘は思わずお舅さんに飛びついた。私はリビングのドアのところにいて孫たちもまさに出かけようとそこに立っていた。二人が同時に私にしがみついたので私はリビングのドアにかじりついて二人を支えた。揺れは間もなくおさまり、お舅さんと娘はばつの悪い顔をして苦笑い。四人は出かけて行ったが間もなくかえって来た。「プールの水が周囲に溢れてどうにもならないから今日はお休みですって。」
それから入ってくる津波の報道は自然の猛威をまざまざと見せつけられるものだった。孫たちはよくわからないまま見つめていたようで記憶にはないらしい。
それなのに原発事故に伴う電力不足の計画停電は子供心に覚えているらしい。
それにしても卒園式の親子会食はおにぎりと漬物だけになり、謝恩会は中止。
そして中学の卒業式高校の入学式はコロナで中止、お兄ちゃんはどういうめぐりあわせなのだろう。
高校卒業、大学入学は穏やかに迎えたいものである。


