これは十二年前の同年会に招かれて鬼怒川の宿にとまったとき。
彼らは今年72歳になるかな。初めて持った卒業生。農村の中学校はまだ高校進学率50パーセントだった。
この3年下から農村の学校で校長の勧めで中学校には珍しい文芸部の顧問になった。この地区の教育委員会は独自の文芸誌を作っていて選ばれた生徒の作品を掲載するのだが私の学校でたくさん作品が選ばれるようになったからだ。そして私は一番若い審査員として引っ張り出される羽目になった。
その頃の生徒たちは今も時々手紙をくれる。きっと書くことが好きなんだと思う。私も生徒たちが鉛筆を走らせる間一緒に詩を書いたり童話みたいなものを書いたりしたものだ。
それが地方紙の文芸欄で何度か賞をいただき、これも周囲の勧めで二冊の自費出版の本になって残っている。手元にはほとんど残ってはいないのだけど。
挿絵は教え子が描いてくれた。
ブロ友さんともお手紙のやり取りをすることある。字は下手なんだけど、書くことはそう苦にならない。
アナログ人間である。


