私の好きな詩人立原道造のソネット(十四行詩)が出てきたのは二回ほどだったろうか。教科書も地域によって採用する出版社が変わったり内容が変わったりだから。
抒情的な詩ではあるけれど、まず詩人の視点をとらえてそこから気持ちをたどっていかせたいと思った。
だからその日色鉛筆でもクレヨンでもなんでもいいから絵を描けるものをもってきてといっておいた。
そして詩を読んだ後葉書を少し大きくしたくらいの紙にこの場面を書いてみてと告げた。もちろん美術の授業ではないから絵の上手下手は構わないからねって伝えた。
ほとんどの生徒はこんな絵を描いた。テントウムシもちゃんと描いてあったかな?
これは生徒に与えた短い時間と同じように私が今描いた雑な絵で、生徒のほうが上手だったけれど。
でもたった一人、こんなアングルで書いた生徒がいた。
書かれているものはそれほど違わない。でも彼はすでに今詩人がどんな姿でそこにいるかを考えていたのだ。草原に寝転んだ彼は空を見上げている。彼の絵はもちろんもっと上手でで詩人の胸の鼓動まで聞こえてきそうだった。私はびっくりした。
彼は後に芸大に進み高校で美術の教鞭をとりながら絵を描き続けている。今彼の描く絵は私にはちょっと難しくてわからないけど。
そうしてもう一度不思議な経験がある。その時は絵を描く方法から導入したかそこのところは記憶にない。 ただ授業が終わった後で一人の少年がやってきた。「先生立原道造の詩集持っていますか。あったら貸していただけますか。」もちろん私はうれしくなって翌日詩集を手渡した。「ゆっくりでいいわよ。」って。最後には上げてしまった。
彼は家庭の事情などから今まで勉強にはあまりかかわりがない様な生徒だった。そのあとでも問題を起こしたことがあったような。それを何とか乗り越えた時彼の成績は320人の生徒の中で280人くらいを飛び越えてトップクラスになった。彼は言ったのだ。「先生、僕は立原道造の世界すごく好きです、詩人にはなれないけれど、僕は建築家になりたいです。」ってその彼がこの家を設計してくれた建築家だ。親の反対を乗り越えて一級建築士の資格を得た。奥さんを長い闘病の末なくし、バブルがはじけて苦労したり一人、息子をなくしたり、苦労の連続だったけれど、今幸せそうに孫娘を抱いている彼の写真見ているとほっとする。彼の心の琴線に触れる教材に巡り合えたことに感謝している。
今日のお弁当はクレームなし。



