初詣といって改めてお宮参りする習慣はなかった。

 

 昔栃木県では元旦の朝生徒を集める変な習慣があった。

 夜ほとんど寝ていない生徒たちは校長の訓話聞きながら貧血起こしてばたばたひっくり返る。それでなぜかミカン二つをもらって帰ったものだ。えらい迷惑なこの風習は勤めて2回くらいでなくなったから昭和38年ごろまでだったような。

           

 その時の女教員。

 私はこのまま着替えだけもって、夫の車で当時埼玉の団地にいた父母のところへ行った。

 その時次の日に継父と一緒に珍しくどこかへ初詣に行ったのだがどこだかは覚えていない。  

               

 ただ着物は実家に置いててあったものに着替えたような記憶がある。

 伊那の夫の実家か、埼玉で過ごすのでお正月の用意をするようになったのはずっと後になってから。それでも娘がいるようになって46年以上お節を作り続け、今年それ以来初めてパスしたような気がする。

 久しぶりにご夫婦の写真入りの年賀状をいくつかいただいた。それぞれに年を重ねていい表情をしていらっしゃる。

 でもねえ、私たちが一番年長。60年もたつと……。これは怖い!