今日も良い天気。お兄ちゃんの大好きなパン屋さんまで久しぶりに外を歩きました。

 辛夷のは葉はこんな風です。

      

  この間の辛夷さんは明らかに慌てすぎ。 

      

  でもなんか枯葉につつじが咲いているし。

       

 みんなおかしい?

 

 お兄ちゃんは1年のうち300日はこのパン屋さんで朝食食べたいそうです。でも彼と同じおばさまがいて毎朝必ず見えています。今日はなんとサラダ持参でした。顔がきくのねえ。

       

 

 さて前回と同じ時、娘と3人で冬のナイアガラとワシントンDCを旅して飛行機で下りたのがケネディー空港。電車やバスを乗り継ぐよりいいから、大体100ドル(当時13000円くらい)とチップでOKと親戚のアドバイスを受けてタクシー乗り場に。アフリカンアメリカンのドライバーに「ニュージャージわかるか?」と配車の人がきいてくれたら彼はわかるって100ドルでいいと契約結んで出発。ところが途中で道がわからなくなる。ひどいことに彼地図読めない。娘と私が2度ほどいっしょにガスステーションで道を聞く。やっとたどり着いたら夫と娘さっさと玄関に入ってしまいました。ドライバー曰く苦労したんだから10ドル余計によこせ。だれも居ない。私だって怖い。だけど負けるの癪だから「あなたニュージャージーわかるっていったから乗ったのに私だって大変だったし、大体言われたとおりのお金しか私持っていないわ。」といってチップと合わせて110ドルシートにおいてさっさと玄関へにげこんでしまいました。あとで夫に怒りをぶつけたのはもちろんです。夫曰く「私がいたって何のことやらわからないで、かえってややこしくなるでしょう。いなくてよかったね。」なんとまあ太平楽な。

 ニューヨークのタクシーろくな思い出ありません。

 

 この後3年後最高の円高の年イタリアに行きました。1ドル80円を切った日もあり、関税抜きで買ったフェラガモの靴は日本の3分の1の値段でした。初めてハワイに行ったときは1ドル360円それを思えば夢のような時代だったですね。