きれいな白髪と触ったら大きなウイッグがずれて平謝り。彼女はニュージーランドから来たもともとは香港の人。とても朗らかなお母さん。

 実は息子が14歳の時マヌカウの交換留学で我が家に1週間ほど泊まった。娘と撮った写真。これは16歳くらいの時。

         

 お姉さんに会いたいっていうから大学生の娘が新宿まで出てきて食事した時。高校生だったお姉さんがレディーになってまごついていたっけ。

 この時彼はお母さんと一緒にきて、銀座のビジネスホテルに泊まったんだけど、地下鉄に乗りたい、新幹線に乗りたい、東京ドームに行きたいといろいろ注文。私は三日一緒に泊まって付き合って回った。

 上の写真は東北新幹線にのって宇都宮の我が家へ来たとき。デパ地下での試食に感動していたっけ。

 鰻のかば焼きが気に入って5回も食べたのにはお母さんも呆れた。

 NJの高校生たちが来るたびに見せてくれるハカ、ラグビーの試合まえにもやっていたあれは、こちらからいった中学生も習ってきて帰ってから市役所でお披露目していたっけ。もちろん男の子だけですが。

       

 

 下は国際交流の会とは関係なく、2年間英語講師をする前に大学のころ上智で半年勉強した日本語をブラッシュアップしたくて、ちょうど娘が留学中だった部屋に2か月ほど滞在したアルさん。

         

 益子の方で筍堀に行った時。家では母とずっと日本語で話していたが、テレビでLAの暴動のニュースが流れたら興奮して英語でまくしたてたらしい。慌てた母が2階へ上がってきて「大変アルが英語しか話さなくなった!」 何を作ってもおいしいと喜んで食べてくれて私もうれしかった。ただ小さな地震の度に大騒ぎしていた。

 そのあと兵庫へ移ってALTとして公立の中学校を回っていた。お正月訪ねてきた時「お母さん兵庫は地震が宇都宮と違ってないよ。」って言っていたのに、すぐ後の阪神淡路大震災の後で2週間も連絡取れなくなってお母さんは死ぬほどびっくりしたらしい。私も前日にやっと電話が通じたのだがお母さんからかかってきた時、「無事で元気だ。」 と知らせてあげたら泣いていた。だから契約もう1年伸ばしたいっていう彼を説得して4月には連れてかえってしまった。

 

 話は全然違うけれどテーマにある「生まれ変わったらやっぱり女がいい。」間もなく四か月という時ひどい流産で、それから子供出来なかった。だから、私だけの願い。「今度は自分の子供を産んでみたい。」