現地時間二時。こちらでは十二時過ぎに連絡が学校から入る。無事全員ホストファミリーにひきわたされたようだ。

 娘も中学二年の時ニュージーランドに二週間ホームステイした。宇都宮市のシスターシティーのマヌカウというところ。でも写真なんて撮ってこなかったし、記録は残ってないようだ。彼女の思い出は、「朝シリアル、お昼サンドウィッチにジュース買って、夜はお肉にお野菜が少しついてパンと、寝る時小さな青い林檎を一つ、結構おなかすいた。」ですって。「道は対向車が一つも走っていないけど、羊が横切る時は待っていなくちゃならないの。」「英語はお互いに時々辞書を見せ合ったり、でもなんとかなった。」

 さて今回はどうだろう。その頃の彼女よりは英語ができそうな気がするが。

 

 もう一度高校二年で彼女はアメリカに一年行っている。その時は月曜日jから金曜日まではミッションスクールの寮で、土日はホームステイ。

        

 寮からは対岸のマンハッタンの明かりが華やかだったという。

 親類が近くにいたから普段はそこで引き取ってくれたが、来日中は我が家で預かったことのある若い女性のお宅で過ごさせていただいた。サンクスギビングやお姉さんの結婚式、クリスマスもみんな招待していただいていた。

       

 ママと近くのおじいちゃんおばあちゃんと。

 「普段は授業についていくために辞書と首っ引き、でもお休みの時は楽しかった。」といっていた。

 

 今はそんな経験が役に立っているのかどうか。「人生の選択を誤った」といっているけれどいいじゃないのかわいい孫たちがいるんだもの。

 

 さてお兄ちゃん今は悪戦苦闘しながらも夕食の会話を楽しんでいるかしら?