昨夜鼻が詰まって喉が少し痛いといいだしたお兄ちゃん。コロナウイルスの可能性は皆無だと思うけれど、インフルエンザだったら早く治さなくちゃ。今日は大事をとってお休み。でもよく食べて夕方にはほとんど回復。よかった。はらはらさせないで。

 

  朝一応お弁当詰めちゃったので今日はお昼二人でお弁当。

       

 食べてたら卵焼き、お母さんにつままれたって。

 

 私は2か月ぶりで英語の相棒が復帰。楽しくおしゃべりしてきました。

 

 夫は宇都宮でお仕事。泊りです。

 

 さて今日はもう一人、娘がとってもお世話になった「おばちゃん」をご紹介します。

       

 実質的には母の妹大叔母ですが「ちいおばちゃん」とよんでいました。若いころは痩せていて目がぎょろぎょろ母が典型的日本人の顔で叔母はハイカラさんでした。大金持ちに嫁ぎましたが軍にかかわる仕事で没落しました。しかも結婚したてに男の子を独りもうけましたがその後叔父にあたる人は若い男の子を侍らせてバンドを率いて遊び歩き(つまりゲイ)、叔母はお金もなし、2階で別の暮らしという状態で米軍のキャンプの中の宝石屋でずっと働いて一人息子を大学出しました。でも息子はお金持ちだけどものすごく強いお嫁さんをもらい叔母は追い出されました。伯父だけはお嫁さんの家で建て直した人に貸すワンルームが与えられました。ノイローゼみたいになった叔母を一時という約束で我が家で引き取りました。その結果叔母はクリスチャンの入る老人ホームへ入るまで14年我が家にいました。一人息子は50代で亡くなりました。我が家の傍の教会に通い娘も時々連れて行ってもらい、普段私がいないときはほとんど叔母が家事を担当してくれるようになり、どんなに助かったかわかりません。ただ母は叔母のほうが頼りにされるのも面白くなかったこともあった様です。

 私たちは家族の一員として叔母もハワイ旅行などは一緒に連れて行きました。

 本当は気の毒な人です。でも私たちといるときは朗らかで優しい人でした。従弟が引き取らなかったらずっと一緒でもよかったのにと思っていましたがそれも運命だったのでしょうか。

 

 たくさんの人に育てられて子育てをしてきたと、つくづく思います。