上海から帰った娘は元気そうだった。それでも独り暮らしに懲りたのか、家から通える範囲でもう一度大学に入り心理学の勉強でもしたいと言い出した。我が家は財産も今ある家くらいしかないが教育は使っても減らない財産だから本人がそういうなら進ませてやろうということになった。学士入学できるところを探して勉強を始め次の春この坂戸の近くの大学で勉強を始めた。同時にフランチャイズ形式の英会話教室を開いてアルバイト程度の生徒も来るようになった。

 ところが通学の途中でストーキングされた人にそっくりの人に会い車両を変えたらその人もついてきた。よくみたら本人ではなくついてきたのでなく偶然車両を変えただけらしい。だが次の駅で降りて半分なきながら電話をかけてきたので私が迎えに行った。

 以後バスや各駅停車の電車なら何とか乗れるが地下鉄もダメ。新幹線のように止まらないのも怖い。

 卒業したら大学院に進み臨床心理の資格を取りたいといってたのだがあきらめざるを得なくなった。なんとかお友達の下宿に時々泊めていただき卒業できたが将来のあてもない。そんなときに婿殿に出会ったわけだ。

 それまでにいくつか結構いい縁談もあったのだがそういう形で勧められる縁談には本人をためらわせるものがあったのはどこかで本人が持っているコンプレックスや自信のなさがあったようだ。

 彼は大学までバスケット一筋。やさしいといえば優しいのだがその根性論がすべてみたいな単純な人だ。でも背は高く恰好はいい。ここでまた惚れっぽさが発揮され年齢もそこそこいっていたのでとんとん拍子で結婚まで行ってしまった。

 お嫁さんは家にいるのが一番。後継ぎを早く産んでほしい。ちょっと時代錯誤な義理の父母となる人の物言いに危惧を抱いたが当人同士が決めたこと。

 ただ盛大に結婚しちゃえばもう別れられないからなんていう言葉に呆れたものだ。

              

 

            

 とにかく一応ちゃんとした娘に育ってくれたことに感謝して送り出したのだが…。