幼いころの思い出にお祭りはない。何しろ太平洋戦争の戦局はどんどん傾いていくときだったから「欲しがりません、勝つまでは。」で育っていたのだから。戦後しばらくたって池上本門寺に祖母の墓参りに行った時、御会式か何かで屋台が出ていた。でも母にはそんなところでものを買う習慣はなく、古あれは非衛生ですと片付けられた。古くからあるお店でくずもちを食べさせてくれ、それはそれで美味しかったのだが、私は綿あめやのしイカが食べてみたかった。

                        

 

 

 あとで継父とその部下の家族と何かのお祭りで出かけたことがある、そこの男の子が綿あめを買った。私の目がそれに釘付けなのを見て、継父が私にも綿あめを買ってくれた。おいしいというより口の中で消えていく感触にびっくりした。男の子はセルロイドのお面を買った。「羽子板かう?」と尋ねられて首を振った「。何がほしい?」小さな声でいってみた「のしイカ。」変な機械でのしてたれを塗ったそれは確かに衛生的じゃないかもしれないけどかみしめるとジュワっと甘辛くて最高。別にお腹も壊さなかった。

 ああ、お祭り最高!

                            

 

 そんな私は教室でも「わかっていても手を挙げて発表なさいません。」と通信簿にかかれるような存在の薄い方なのに、なぜか先生にNHKの「知恵の輪クラブ」といったと思うがそのラジオ番組に学校が出る時、代表5人に選ばれ、ちゃんと答えを言ってきたそうだ。私はまったく覚えていない。ただオープニングの音楽でなんだかうきうきしたのと、司会者の頭の毛が薄いことだけ覚えている。結構有名な藤倉修一さんというアナウンサーだったそうだ。テレビがないから顔なんて知らないし…。だからといって「私が出る」というタイプでもないのが不思議だが、普段と違う状況になるとうきうきするみたい。

 

 というわけで何かあると突然お祭り好きの性格が出るのは私の特徴らしい。ラスベガスのクラブで「外国から来た人いる?」ってクラウンの問いに大きな声で手を挙げて「JAPAN」夫はほら早く奥さんとってってクラウンにせかされて慌ててシャッター切っていたっけ。

 だから一年中お祭りみたいなラスベガス大好き。

                        

 

 ちなみに娘にはべたべたのリンゴ飴だってチョコバナナだって買ってあげましたよ。