昭和45年度の3年生。同年会の写真の塾年男女はこんな中学生でした。
男子14名女子20名。こじんまりしたクラス。剣道少年太加男がリーダー。やさしい彼の性格を反映して穏やかなクラスでした。やや情緒障害の女の子がいて暴れだすことがあり、今まできたないと言って彼女の机を掃除の時運ばない子がいました。私が何か言う前に太加男が黙ってきて運んでいきました。私は「ありがとう」といいました。彼はただ私に微笑んだだけ。私もその時あえて全員に指導をしませんでした。でも他の小学校から来て偏見のない女の子を先頭にしてみなだまって運ぶようになりました。彼女が発作を起こして(大体休み時間でしたが)物を放ったりし始めると、子供たちは黙って教室を出て廊下や空き教室に移動しました。先生方もそれを見て生徒を連れて行ってくださいました。私が隅っこの教卓のところに座ってしばらく眺めているとしばらくして静まります。「もう大丈夫?」というと頷きます。二十五六のころだったでしょうか偶然外であった時、お薬をいただいて彼女でいいという人と同棲していると話してくれましたが、その後ずっとあっていないし、先日も誰も消息を知らなかったのがちょっと気にかかります。
それにしてもなぜあんな優しい太加男を神様はまだ若いのに連れて行ってしまわれたのでしょう。
和子
すくいあげてもすくいあげても
掌からこぼれてゆく砂粒のうつくしさを
青春の夢だと気づいても
和子は 涙ぐみながら砂をすくう
そして いつか きっと
その中にダイヤモンドをみつけ
ひっそり胸に飾るだろう
家庭の事情で進学をあきらめ、高卒で東京に勤めた和子は優しい旦那様を見つけ、彼は三人姉妹の長女和子のために田舎の小さな家にお婿さんになってきてくれました。でもその彼も二人の子供を残して40代前半で亡くなりました。彼女は悲しみを乗り越えて二人の子供を育てました。
良夫
目の前を駆け抜ける日に焼けた両脚
不思議な弾力を秘めたその脚に
いつのまにか
かすかに獣の気配を潜ませていた
でも
白いテープを切ったその時
良夫の瞳に溢れるのは
甘いやさしい少年の心
浩子
テニスコートにお陽さまがおいていった浩子
ボールみたいにはねて
女の子だってことわすれているみたいだけど
内緒で教えてあげよう
素敵なエプロンも縫うし
恋だってしてるんだ
均
真っ白い紙に
たっぷり墨を含ませた筆で
力いっぱい書いた「一」の字
このたくましい線は均
今のまま まっすぐ伸びるんだ
みんなそれぞれの人生を一生懸命生きてきたのだと思います。 六十代の彼らいい顔していました。
浩子は、今はライン友達、孫の和太鼓の動画を楽しみにしていてくれます。

