「セドリックは行きませんかった」なんとも不思議な日本語は祖母の本棚から持ち出した私が初めて触れた翻訳小説だった。だから戦争が終わって少年少女向きの翻訳小説が解禁となり、村岡花子翻訳の「赤毛のアン」を読んだ時の感激は今もわすれられない。アンの想像力から紡ぎだされる言葉は私の中でさわやかな風となって通り過ぎ、いつかあのグリーンゲーブルスのある島へ行ってみたいと思っていた。50年近い時が過ぎてアンにちっとも興味のない夫を引っ張り出すことに成功したのがこの写真。

 

                    

 なぜか直立不動。ジャガイモ畑の緑、入り江や湖の青、そしてこの土地特有の赤土でパッチワークのようなこの島はアンの生きていたときと変わらないようにのんびりと時が過ぎていく。納屋でジャムにする苺を洗っていた少女の手元をのぞき込むと、「甘いから食べてごらん」勧めてくれる。畑で熟れた苺は驚くほど甘かった。

 

 夫のテーマにももちろん付き合った。前回冬のナイアガラに行ったので今回はどうしても「霧の乙女号」にのって滝つぼ近くまで行ってみたいというものだ。 

 

                        

 イヤハヤ借りたレインコートなんて外国人サイズで大きすぎるし中までびしょびしょになったけれど迫力だけはあった。この先は写真どころじゃなかった。

 

 でもなんといったって食いしん坊の夫のプリンスエドワード島での収穫はこの大きなロブスターかなあ?取れたてのプリプリの身はコクがあって最高だったもの。