5年前のブログからです。
 子供は大好きでした。でもどうしても自分の子供がほしいというほど切実に考えなかったのは教員生活にとっぷり浸かって楽しかったからでしょう。結婚して7年目に周囲の勧めもあっていろいろ検査しました。
 とくに原因も見つからないまま夫婦間人工受精でもといった矢先に自然に妊娠しました。3年生担任の2月でした。ちょっと雪に滑っただけなのに流産しました。止めようとしたことがかえって悪かったのかそのあとまた子供はできませんでした。授業を交換したり自習の用意をしたりで気を使い、その上ホルモン注射などで、体もボロボロになった時、夫が言ってくれました。「僕は君といたかっただけで子供を産んでもらうために結婚したんじゃない。自分の体を大事にしてほしい。」って。
 教えることも好きだったし、生徒たちと過ごすことも楽しくて、14年がたってしまいました。
 事情のある生徒と保護者を連れて児童相談所に行きました。子供と保護者の面接中、他の保護司の方とお話している時、子供がいないことも話題にはなったような。それから三カ月ほどたった時でした。出張先まで訪ねて見えた保護司さんから突き付けられた言葉がこのタイトルです。
 考えたのは半日。結果はそう今ここに娘がいて、可愛くて仕方がない孫たちがいます。
  娘にはもちろんうすうすとは知っていたようですが17歳になった時、この間の事情はきちんと話しました。
 その娘が39歳になりました。
生まれたときの写真は見つけるのが大変なので、これで成長を見てください。イメージ 2 幼稚園
 
 腎臓が悪くなったのは遺伝的素質があるかときかれても実母のご両親は知っていてもある程度の年齢でしたがお元気でしたし、さっぱりわかりません。ややわがままであれっと思う性格は実父のDNAということにしています。出生に関しては何も内緒にしていませんので会いたければお母さんには会えるよと伝えても別に会いたがらないまま今に至っています。
 
 今日で44歳。立派なおばさんです。
 お姑さんが届けてくださったお赤飯でこれからささやかにお祝いします。