「やっぱり無理があるよな」

一月の寒い朝、自分は二つの部署の
業務を抱え、ノートPCと

マルチモニターで
複数の書類を見ていた。

4月に自分はB部署に異動する。

だがB部長との引継ぎがあるため、

前倒しで、年明けから

業務を掛け持ちしている。

「おはようございます」

すれ違う同僚に挨拶をしながら、
デスクに辿り着く。
またメールが入って来た。
業務用チャットも
未読がたまっている。

B部署の業務量は

想像を超えていた。

疲労感に包まれたまま、
コーヒーを入れに行く。

「大丈夫ですか。顔色悪いですよ」
給湯室で同僚と顔を合わせた。

「ああ、ちょっとしんどくてね」

「無理しないでくださいね」

優しい言葉に、

少し救われた気がした。

デスクに戻り、

今日のスケジュールを確認する。
B部署の定例会議が午前中。
業務パートナーとの打ち合わせが午後。
夕方から再びB部署メンバーとの

ミーティングがある。

来週からB部署関連で、

三週連続の出張が控えている。
岐阜、静岡、広島。

かなり弾丸的なスケジュールだ。

各地での打ち合わせ、
製造所との調整、報告書の作成。
その準備だけでも膨大な時間が

必要だった。

「回らないな」

呟いた。
C部署とB部署の掛け持ちは、
明らかに無理があった。

それでも、自分を最も苦しめていたのは
業務量ではなかった。

午後、私はB部長に時間をもらった。
会議室に向かう途中、

どう伝えるべきか。
どう説明すれば理解して
もらえるかを考えていた。

「B部長、お時間を作っていただき、

 ありがとうございます。」

 自分は雑談もせず、

 続けて切り出した。

「A子さんの件です」

B部長は顔を上げて、
まっすぐに自分を見た。

「やはりそうだよね」

「彼女は何も知らされていません。
 本人だけが蚊帳の外です」

A子さんは優秀なグループ長だ。
A部署で実績を積み、自分の仕事に
誇りを持っている。

部下からの信頼も厚い。
だが4月から、自分と同様、
B部署へ異動となる。

そのことはA子さん本人には
知らされないまま、
水面下で進んでいる。

「本部長、B部長、うちのエルサさん、
 それにA部署の管理職たち。
 皆が4月以降のA部署の体制を
 協議しています。しかもA子さん抜きで」

「分かっています。私も違和感を
 覚えています」
 B部長は言った。

「これは情報公開の公平性に
 欠けると思います」

自分は続けた。

「A子さんにとって、

 B部署への異動は、不本意なはずです。
 彼女はグループ長として、

 自分の仕事に矜持を持っています。

 A部署での業務を続けたかったはずです」

B部長は窓の外を見つめていた。

「モチベーションの維持や
 気持ちの切り替えに時間が必要です。
 今すぐ本人にも伝えるべきだと思います」

しばらく沈黙が続いた。
時計の秒針が聞こえてきそうだった。

「エイトさんの言う通りだと思う」

B部長が口を開いた。

「本部長と話しましょうか。
 エイトさんと私で」

「ありがとうございます」

自分は会議室を出て居室に戻った。
本当の問題は何なのか。

A子さんはミスをしていない。
業務上の失敗もない。
ただ、A部長と親しかっただけだ。

本部長はA部長を

快く思っていなかった。
A部長が言うことを聞かないため、
1月で再雇用に切り替え、
部長職を延長しなかった。
そして、A部長派と見なされた
A子さんを遠ざけようとしている。

代わりにA部署のグループ長に
据えられるのが、
うちの業務パートナーだった。
自分とは仲が良いとは言えないが、
本部長には気に入られている。

彼女は、A部署の業務経験は浅い。
それでもA部署のグループ長に

据えられる。
傍から見れば、明らかな優遇だ。
本部長は、業務パートナーを
自分の足元のA部署に置きたい

だけだったのかもしれない。
A子さんの心情などは

全く考えていなかった。

翌日、自分は業務パートナーとの
管理目標面談を行った。

冷え切った雰囲気の中、
彼女は、ここまでの業務結果を
淡々と述べた。

一通り終わった後、
自分は切り出した。

「4月からの人事について、
 どう思いますか」

彼女の表情が少し曇った。

「私には何も言えません。
 本部長が決めたことです」

「A子さんより業務経験が
 少ないことについては、
 不安はないですか?」

少し厳しい言い方だったかもしれない。
だが、確認する必要があった。

「不安があっても、できないものは
 できないので、私は言われて異動するので、
 それは私のせいではありません」

彼女の声には苛立ちが混じっていた。

「私は命じられたことを、
 粛々とやるしかないです。
 4月からのことも、本部長が
 決めたことですから」

彼女の言葉に偽りはないだろう。
立場上、拒否できないのも確かだ。

「A子さんだけが
 知らされていないことは、
 どう思いますか」

「それも私が決めたことでは
 ありません。本部長の指示です」

彼女は視線を逸らした。

「私はA子さんに早く伝えるべきだと
 思っています。そして水面下ではなく
 正面から業務の引継ぎを
 すべきだと考えています。
 それが組織として正しい
 やり方だと思っています」

業務パートナーは黙っていた。
その表情は硬かった。

面談を終えて自分のデスクに
戻った時、胸の中に

重いものが残った。

業務パートナーも

被害者なのかもしれない。
本部長の決定に従うしかない立場。
A子さんとの板挟みになっている。

でも、だからといって、
このまま流していいわけではない。
私は岐阜出張の資料を
作成しながら考えていた。

A子さんは何も知らされていない。
A部署の他の管理職は

全員知っており、そんな中で、

彼女のキャリアが、
裏で決められている。

B部長から連絡が来たのは、
その日の夕方だった。

「本部長との会議を設定しました。
 明日の17時、本部長の予定が
 空きました。」

よかった。本人に知らせずに

進めるのはやはり
フェアではない。

そして、もう一つ。

A子さんが不本意な異動と

考えているなら、せめてB部署の配置を

変えられないか。A部署が死角に

なるようにしてもらえないかと。

そうすれば、かつてA子さんがいた

場所で、業務パートナーが

本部長の庇護を受けて働く姿を、

A子さんは見なくて済む。

小さなことかもしれない。
でも、できることはしたい。

本部長を怒らせたら、
次は自分がA部長のような
結末になる。でも、B部長も同席して、
訴えてくれる。それだけでも心強い。

はたして、自分は余計な事を

しているんだろうか。
それでもいい。何かを失ったとしても
別に悔いはない。

元々、辞めるつもりだったし。

 

とにかく機会は均等に

与えられるべきだと思う。

さあ、明日は決戦だ。

早く寝よう