「もうブチ切れですよ!」

4月からの本部全体の人事が
発表されたその日。A部署の中堅社員が、
隠しきれない怒りを自分にぶつけてきた。

彼の怒りの矛先は、現在のグループ長である
A子さんの更迭、そして後任に「エルサ」が
抜擢されたことにある。

彼は普段から、A子さんに対しては
バチバチと議論を戦わせるタイプだったが、
根底には深いリスペクトがある。
「自分が自由に動けるのは、
 A子さんがいてくれるからです」と、
彼はいつも口にしていた。
その上司が正当に評価されない
理不尽さが、怒りとなって表れていた。

今回の人事で、A子さんは
グループ長から外れ、
B部署との兼任という形になる。
一方で、そのポジションに
就くのは、現C部署の業務パートナー、
エルサだ。

エルサは独身で、華やかな美貌を持つ。
それゆえに、組織内では目立ちやすく、
あらぬ憶測を呼びやすい存在でもあった。

実際のところ、彼女には実力がある。
ただ、今回の抜擢にはあまりにも
無理があった。

彼女はA部署での実務経験も、
マネジメント経験も、生産現場との
人脈もほぼゼロなのだ。

本部長は昨年、関連施設が閉鎖した時に


「彼女が辞めないように
 するにはどうすればいい?」


自分に相談してきたことがあった。

本部長なりに彼女のポテンシャルを
買っているのかもしれないが、
周囲はそうは見ていない。

「本部長は、好きな人を側に置き、
 気に入らない人を遠ざける」

多くの社員は、この人事の「本質」を
そう見抜いていた。

抜擢されたエルサ自身も、
実力以外の文脈で語られてしまう
という意味では、被害者の一人でも
あるのだ。

発表前、A子さんは私にこう漏らしていた。
「エルサさんがグループ長になるとは
 思いませんでした。上からは
 『A部署をサポートしてほしい』
 と言われているんですけど、
 私が一歩前に出すぎれば、
 現場の指揮系統が二重に
 なってしまうし、正直、
 すごくやりづらいんです」

彼女の懸念は正しい。
A子さんの部下たちも、
誰を頼ればいいのか戸惑うだろう。
現場が機能不全に陥る
未来が見えていた。

不穏な空気はB部署にも伝播していた。
B部署のエキスパートであるB子さんと
他部門との会議に向かう道中、
彼女は静かに、しかし決然と言い放った。

「A子さんが人脈を活かして
 私たちの弱い部分を補強してくれるのは
 すごく嬉しいです。

 でも、本部長のやり方は
 あまりに露骨すぎて、信用できません」

信念を持って働く彼女の表情に、
冗談の色はなかった。


「エイトさん。私、こんなやり方が続いて、
 もうついて行けないと思ったら
 辞めますからね」

B子さんは代えのきかない専門職だ。
今、彼女を失えば、部署の業務は
すべて瓦解する。

A部署の中堅社員は自嘲気味にいう


「本部長は、最近私のことも嫌っています。
 以前は挨拶を返してくれたのに、
 今は素通りですから」

気に入らなければ透明人間のように扱う。
そんな幼児性の残るマネジメントが、
現場の士気を削り取っていく。

ただ権力者が私情で動くこと自体は、
悲しいかな、よくある話だ。
だが、その尻拭いをさせられるのは、
いつだって調整を担う部長や現場の人間だ。

週末、家に持ち帰った仕事をしながら、
ふと思う。充実した時間とは、
一体どんな状態を指すんだったか。

休日に仕事のことを考え、
心を削るのは、最低の生き方だ。
組織の論理に振り回され、
自分を見失う前に、
どこかで立ち止まらなければならない。

とりあえず、映画でも見に行こうか。
誰か、この重たい現実を

忘れさせてくれる人はいないだろうか。