友人に、ヨットの大会でインドに行くんだというと、「なぜ?」とか「イメージ湧かない」という反応が返ってきます。もちろん私も最近までそう思ってた一人でした。
これまで私はヨットの世界大会には、BSIにおけるフリートレースに、3回出場しております。2回はアメリカ、1回は日本。これから行くんだったらヨーロッパかなと密かに望んでおりましたので、自分にハンザによるインド大会は関係ないかなと思っておりました。でもなぜかエントリーすることになったのです。
飛行機のチケットの購入からビザの手配、そのほか諸々を、誘ってくださったSさんが担ってくださいました。
私が渡航までにやったことといえば、予防接種でしょうか。
腸チフス、A型肝炎、破傷風の三種類。
さらに、飲み水や氷には気をつけろということでしたので、現地ではペットボトルだけを信じて歯磨きもそれで。
ということで、ここに「インドでヨット」の様子を記させていただきます。
今回インドでアジアン・インクルーシブ・セーリング・シリーズ2025が開催され、Sさん・小倉ペアはJBSAからハンザ303ダブルにエントリーしました。
このクラスは総勢25ペアの出場でしたが、インドが用意した303は5艇。25ペアを5グループに分け、予選(4レース)、順位決定(2レース)が実施されました。
他に日本のブラインドは、伊勢セーラビリティのYさん・Kさんペア。JBSAのMさんは現地の会員の娘さんとペア。ブラインドの参加は合計3組でした。
もちろん、2.3、303シングルも実施。2.3ではYちゃんが優勝、Yさんが2位と、日本勢は大活躍です。
我々2名は日本選手の皆さんより2日遅れで到着でしたが、最初に現地入りした皆さんは、連絡ミスにより戸惑うことが多かったようです。
レースの会場は、食事・宿泊ポイントとレースポイントに分かれ、移動はバスで5分ほど。
宿泊施設はベッドが6つ入るくらいのしっかりとしたテント。シャワーとトイレは共同です。日本の選手も何名かはこちらを選んでおりましたが、ここから1時間30分以上離れたホテルやスポーツクラブ内の施設も利用。
Fさん・小倉と、他に徳良湖ヨットクラブ、セーラビリティ江ノ島、セーラビリティみえの日本選手7名は、スポーツクラブの平屋のレトロコテージ風建物をそれぞれ使用。コテージの中はホテルの一般的なツインルームよりも広く、トイレ・シャワールームも広め。窓には虫除けの網戸と鉄格子。これは何よけかしら。
コテージの外ではテーブルを囲み、インドビール「キングフィッシャー」を飲みながら夜な夜な反省会。
毎日の会場までの往復は、送迎バスによるクラクション鳴りっぱなしのドライブ。逆走して追い越すことは当たり前の激しい交通事情でした。
食事ポイントでは、1日3回の食事はクラブハウスの厨房で作られます。大きなお皿をもって並ぶと順々によそってくれるのですが、断ると寂しそうな顔をするとか。そのお顔が見えていたら全部食べてしまいそうです。
メインはカレー。白米のほかにドライカレーやピラフ風も選べます。お肉は鶏肉がメイン。タンドリーチキン風のものが多かったかな。甘いデザートもありました。朝食ではカレーのほかに、食パンに硬めの甘いヨーグルトをのせたものやボイルドソーセージ、ゆで卵なども用意されていました。
飲み物はコーヒー、ミルクコーヒー、チャイ、浄水したお水が其々ご自由に。アルコールはなしです。
この時は、各国の選手と関係者が順次前に出ると、インドのスタッフから一人一人にターバンを頭にのせてもらい、サリーを肩にかけてもらうというっセレモニー的演出でした。
レース会場の待機所はポンツーンより小高い場所で、湖面が見渡せます。ジャパンチームのどなたかが実況してくれていたようですが、我々のレースの時には途中で実況が止まったらしいのです。そのころ艇ではジョイスティックのトラブル発生。ただ、その後も何度か実況を止めてしまう場面ばかりで、最後は実況なし。
コースは短く、風はどちらかといえば弱めで、風ムラのあるコンディションに翻弄されていました。
レースの合間には、地元の全寮制女子盲学校を訪問。折り鶴を作ってお土産に。ブラインド女子の社会進出を目指し、ICTを活用した教育が方針。貧富にとらわれず平等な学びが行われているそうです。
大会終了後は会場を変えての表彰セレモニー。参加国が順番に前に出て国歌斉唱です。もちろん日本チームは「君が代」。
ほとんどの日本選手は、この日の真夜中の飛行機で帰国でしたので、セレモニー終了前には、全員のスーツケースを屋根に縛りつけたバスに乗り込み、空港に向かいました。
以上です。
追伸
盲導犬のブリスちゃんは一緒に行ったのと聞かれますが、今回はお留守番。
盲導犬協会にお預かりしてもらい、ボランティアさんのところでのんびりしておりました。
今はマイペースでお仕事しております。









