フェーンチャン
普段は忘れてしまっている子供の頃の「後悔の記憶」が、
ふとした瞬間に蘇って、いたたまれなくなることって、ない?
叫び出したくなったりとか……ない? ない人は幸せだよね……
私は今でもよくある。自分の子供を怒鳴ってしまった時とか。

そういう後悔の記憶が蘇る瞬間を経験したことのある人なら、
『フェーンチャン ぼくの恋人』は絶対、好きになる映画!
間違いなく、これまでに見たタイ映画の中で最も好きな作品!
……実際、2005年日本公開映画の「お気に入りベスト5」に、
この映画を入れているぐらい……だけど、ここで一つお断りして
おきたいのは、これまでタイ映画は10本も見てない、ってこと。

もともと日本での公開本数が少ない、ということもあるけれど、
日本で公開されるタイ映画の大半は「キワモノ」的アクションや
オカマものなど、エキセントリックなものばかりで、ごく普通の
タイ映画に触れる機会があまりなかったから、かもしれない。

もちろん、タイ映画は「キワモノ」ばかりというわけじゃなく、
事実タイでは日本以上に数多くの映画が製作されているらしい。
ようやく、ここへきて日本でも「キワモノ」でないにも関わらず、
2003年にタイで記録的なヒットを飛ばした、ごく普通の現代劇
『フェーンチャン ぼくの恋人』が、2005年3月に公開された。

去年の3月といえば、このブログを始めて、まだ間もない頃。
これまで紹介してこなかったのは、あまりに個人的な感情に
支配されそうな話になってしまいそうだったから……。

ごく簡単にストーリー設定を紹介すると、舞台は現代のタイで、
都会で働いている青年ジアップのもとに、幼なじみで初恋の相手
(と言っていいでしょう…)ノイナーから結婚披露宴の招待状が
届き、実家に帰って来た彼は十数年前の少年の頃を振り返る……

という話なんだけど、これを「よくある初恋の思い出の話」と、
一言で片付けてしまうようなダメなライターは抹殺すべし!(笑)
……この映画で最も感じ入ったのは、それ以上の違う部分……
日本の戦後と共通するタイの80年代の懐かしい風情も、自分には
装飾的な部分に過ぎない。琴線に触れた本質じゃあない。

主人公ジアップの実家は大衆理髪店。その隣家にも芸術家肌の店主
が営む理髪店がある。ライバル店主同志は趣味の違いから、まるで
口も聞かない間柄。その隣家の同い年の娘がノイナーで、子供同志
は仲良し。学校に行く時は必ず寝坊好けのジアップを迎えにやって
来る。犬猿の仲の親も相手の子供に対しては、お互い好意的という
ところがいい。そんなわけで、いつもノイナーたちとママゴト遊び
に興じているジアップだが、そのことで「女の子としか遊ばない」
と学校の悪ガキたちにイジメられ、サッカーにも入れてもらえず、
彼らに認められようと一念発起。悪ガキたちの言いなりになって、
ついに幼なじみのノイナーを傷つけてしまう。

このノイナー役のフォーカス・ジラクンが、もう実にカワイくて、
見ているだけで泣けてくる……(笑)。萌え殺されること必定!
実際、タイ国民は彼女に萌え殺されたらしく、その後TVドラマに
主演するなどで大金を稼いだ彼女は、小学生の分際で両親に一軒家
をプレゼントしている。実際、彼女に会ってみたけど、まだ本当に
小ちゃくて、ジアップ役の男の子も長髪になってて女の子みたいな
子供で、とても映画の主役が務まるとは思えない(笑)。つまり、
それだけ、この映画にはマジックがあるってことなんだなぁ…。

ノイナーを傷つけることで、悪ガキたちに認めてもらったジアップ
は有頂天、もうノイナーとは遊ばない。ノイナーは一人寂しく涙に
暮れる……そこへ引っ越しの話。ノイナーはジアップに告げるが、
ジアップは興味なさげにふるまう。もちろん、本心じゃないけど、
「なんで優しくしてやらないんだ!…」と、もう涙が止まらない。
子供の頃からの、さまざまな後悔の念が一気に噴き出した……。

幼い時によく遊んでいた従兄弟の女の子を、十代の時に泣かせて
しまったことがある。彼女を無視して、彼女の弟とばかり男同志
で遊んでいた時だ。自分はなんと、それを見て見ぬフリして、
声もかけなかった……一生忘れられない涙だ。

10代の男というのは、必要以上に自分をタフでクールに見せよう
とする傾向にある。自分がそうだった。小学生の頃は一緒によく
遊んでいた友達に対し、高校生の時になんと冷たい態度で接して
いたことか……ある女友達は高校に馴染めず、机で泣いてたこと
もあったのに、優しい言葉一つかけてやらなかった。なんで?…
彼女はその後、未婚のまま黒人の子供を出産した、という話を親
から聞いた。その頃はまったく会ってなかった。最近は、実家に
帰っても当時の友達に会うことはない。当然の報いなんだろう。

男の友達に対しても、同じように後悔していることが山ほどある。
過去の恋人や、自分を誘ってくれようとした女の子に対しても…。
いずれも、「なんで優しくしてやらなかったのか!」という後悔
……それが自分の子供を怒鳴ってしまった時などに襲ってくる。
そんな日は早く家に帰りたくて、仕事も手につかない。
映画ではやり直しが効くけど、現実には行動するしかない。
だから子供には、あらん限りの態度で愛していることを伝えたい。

ちなみに、『フェーンチャン』とは「ぼくの恋人」という意味。まんまだ。
原作は、この映画の監督の一人、ウィッタヤー・トーンユーンの
大学のインターネット掲示板への書き込み。
それを映画学校の仲間7人が「あーでもない、こーでもない」と
書き直し、そのうちの6人で共同監督し、タイの映画会社3社が
共同製作した異例ずくめの映画だ。総合評価★★★★★!

本当は、2005年のお気に入り映画1位にしても良かったんだけど、
あまりに個人的な感情で平静に判断できないと考え、5位にした。
だから、4位に入れた『シンデレラマン』の総合評価が★★★★
なのに、順位は『フェーンチャン』の方が下……そういうことも
あるってことで、何卒ご了承を……(笑)。


ジェネオン エンタテインメント
フェーンチャン ぼくの恋人