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 全米に続き日本でもキアヌ・リーブス主演最新作の
『コンスタンティン』が先週初登場1位の好スタートを
切ったようだが、その前に、ここ最近の大事件、
福知山線の脱線事故の106名の犠牲者に哀悼の意を
表したいと思う。もちろん、運転手の方も含めて。


こうした人災が起こると、悲しみと憎しみの矛先を
誰かに向けてしまいがちだけど、今回はそう簡単には
割り切れないところに、一層の悲しみが募る。


欧米では(特にアメリカの人は)、大事故が起こると
人災・天災に関わらず、それを神の仕業、神の試練と
前向きに解釈する人が多いようで、
当然、原因究明はきちっとするんだろうけど、
最終的には9・11も、インドネシア沖の大地震も、
割り切れない感情が発生すると、それは「神の意思」と
宗教的な精神論の方向へ昇華される傾向があるように見える。
日本だったら間違いなく「怨恨」へと転嫁される事象だろう。


CNNで、年末の津波で家族全員を失った主婦が、
「私だけ生かされたのは理由があるはず、神の試練と受け止め
神に感謝したいと最初は思っていましたが、
家族の命を奪ったのも神のご意思だと考えると、
神を恨むようになりました」というようなことを言っていて、
ニュース番組内で支援金を募集していた。
しかも、かなりしつこく何度も支援金の振込先かなんかの
アドレスを何度もニュース番組内で呼びかけている。


善し悪しの問題ではなく、これがとてもアメリカ的な
対応の仕方なんだよなあ、という想いを強くした。
感謝の感情も、恨みの感情も、すべて神に向けられる。


一方、宗教的な理念が薄弱な日本をはじめとした東洋では、
災害や戦争が宗教と絡めて語られることはあまりなく、
仮想の敵と感情的なしこりだけを残して、
「怨恨」という方向へひたすら突っ走る。
中国の反日デモの盛り上がりもそうだよね。


東洋の恐怖の描き方と、西洋の恐怖の描き方には、
そこに大きなバックボーンの違いがある。


西洋で理不尽な災害などの事象に対する仮想の敵の矛先は、
「悪魔」か「異教徒」の仕業ということになるので、
ある意味では、極めてわかりやすい理論構築なのだが、
西洋人が感じる不可抗力な「悪魔」や「異教徒」に
対する恐怖を日本人はそんなに怖いと感じないと思う。


『リング』や『コックリさん』を見ればわかる通り、
東洋人が最も恐怖に感じるのは「怨恨」ではなかろうか。

タイトル: エクソシスト ディレクターズカット版

だから『エクソシスト』を見て心臓マヒで亡くなった人もいる
という西洋人の恐怖を、われわれ東洋人が心の底から理解できる
とは思わない。とはいえ、『エクソシスト』は十分に怖い。
これは繰り広げられる映像描写があまりにリアルだからだ。
(総合評価★★★★)


悪魔や地獄を視覚体験的に捉えることができる特殊な才能をもつ
エクソシスト(悪魔払い師)のコンスタンティンを主人公にした
コミックが原作の『コンスタンティン』は、恐怖映画ではないけど、
東洋人にはなかなか心底理解し難い範疇の、得体の知れない事象に
対する西洋人の恐怖の感情がバックボーンにはあるように思う。
余談たが、なぜか歴史のあるヨーロッパ諸国の方が、
宗教に関しては儀礼的な方向で根付いていて
(北欧はまたちょっと違うけれど)、
アメリカの描く宗教の方が精神論的な方向で根付いている。
これはどちらが怖いということではなく、
それぞれの国の描く恐怖の質的な違いに顕れている。


頭でそれらのことを理解するのは簡単だ。しかし、恐怖は感じない。
むしろ東洋人なら、地獄や悪魔の仕業をすごい映像で見せてくれる
ことに、ワクワクするようなオモシロさを感じてしまうだろう。


これは作り手の西洋人たちが意図したこととは多少ズレている
のではないか、というような気がしてならない。


日本で『コンスタンティン』がヒットしたことと、
西洋でヒットしたことは 多少意味が違うのではないかと思う。
つまり、『コンスタンティン』で我々は映像のすごさは体感できても、
精神的にショックを受けるような感慨は得られない。
東洋人としての結論だ。総合評価★★★


でも、突っ込み所は随所にあるので、十分楽しめるんだけどね。
次回は完全ネタバレ・バージョンで、ちょっと突っ込んでみます。


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