
「太陽が高く昇るほど、影は消える。」
本作は、チャイコフスキーによって作曲されたバレエ音楽『白鳥の湖』の楽曲で幕を開ける。
この胸騒ぎのする楽曲をバックに、別々の場所で行われている「セックス」と「殺人」を、白と黒の映像的対比で交互に見せる。
モーツァルトの死の真相を描いた『アマデウス』のオープニングに並ぶ重厚さで「生と死」を表現したこの幕開けだけで心を鷲掴みにされる 。
そして、その「不穏」でドラマチックな楽曲は、メインテーマの様に作中で何度も象徴的に繰り返される。
『白鳥の湖』の中でも代表的な曲として特によく知られている、オーボエがソロで主旋律を吹く「情景」が、オープニング、エンドロール、そしてとても重要な場面で流れる。
本作の謎めいたストーリーも、ダーレン・アロノフスキー監督作品『ブラック・スワン』の様に、『白鳥の湖』という物語にも漂う「悲劇性」がより際立つ構成になっている。
クラシックバレエ作品『白鳥の湖』の、純真で無垢な「白鳥」と、官能的で邪悪な「黒鳥」の表裏一体の物語も、本作のテーマに絶妙にシンクロさせられている。
そして同じく、「愛」と「死」と「呪い」に満ちた「過酷な運命」から逃れられない男女の悲劇でもある。
「白夜」は、真夜中でも薄明で「太陽が沈まない」現象で、北極圏では夏至の前後、南極圏では冬至の前後に起こる。
そこから『白夜行』というタイトルも、人生における「光」と「影」を象徴している事が判る。
本作のサブタイトルにある「白い闇」という表現も意外と深く、鑑賞後にはガラリと「白」と「闇」の印象が変わる。
ある日、密室となった廃船で男が殺される。
決定的な証拠がないまま事件は容疑者死亡により解決するが、一人の担当刑事は何故か腑に落ちなかった。
14年後、再び不可解な事件が立て続けに起こり、過去の事件との共通点と、意外な真実が姿を現し始める・・・。
本作は、東野圭吾の長篇ミステリー小説を日本版よりも先に韓国で映画化した作品。
1980年代の「華城連続殺人事件」を元にした『殺人の追憶』に迫る緊迫感、閉塞感。
15年間監禁され解放された男が、自分が監禁された理由を解き明かすために奔走する5日間の物語『オールド・ボーイ』に匹敵する過去の罪と壮絶な罰。
「性」を求める人間の、あらゆる姿に歪んだ「欲」を、生々しく、ありのままの醜さで、逃げずに描いている本作は、人間の持つ「本能」と潜在意識に潜む「残酷さ」と「美しさ」を同時に我々に見せつける。
本作のリアリティレベルを大きく引き上げた主要キャストは、哀愁漂う執念の刑事を二つの年代で演じ分けた『シュリ』『ベルリンファイル』のハン・ソッキュ、悲しきヒロインの静かなる狂気を醸し出した『ラブストーリー』『私の頭の中の消しゴム』のソン・イェジン、純粋さと残忍さを同時に表現した『高地戦』のコ・ス、ビジネスにおける冷酷さの裏に優しさと愛情を込めた『新しき世界』のパク・ソンウンたち。
完成した作品を観て韓国映画のレベルの高さに驚いたという原作者の東野圭吾は、「まさしく『白夜行』で感激しました。ストーリーは大胆に簡略化され、描いてほしいと思っていた世界が見事に、忠実に映像化されていました。」とコメントした。
マフィアに潜り込んだ潜入捜査官の皮肉な運命の顛末を描いた『新しき世界』にも似た、本作の「過去の日没」から「未来の夜明け」へ移行する痛恨の幕切れ。
神々しい光が差す「天国への階段」を昇るようにフェードアウトしていった彼女がこれから見るであろう「新しき世界」は、どのような景色が広がっているのだろう。
エンディングには、絶妙なタイミングで再び流れる『白鳥の湖』の楽曲と相まって、大きな時代の流れが変わる瞬間を目撃したような、簡単には受け止めきれない複雑な感情に包まれ、涙が止めどなく溢れ、言葉を失い、目が眩む。
まるで、 真っ白な闇の中を歩いているかのように・・・。
「あなたは私の太陽。私のたった一つの希望の光。私はその光によって、夜を昼と思って生きることができた。」