マグノリア | 愛すべき映画たちのメソッド☆

愛すべき映画たちのメソッド☆

映画感想家・心理カウンセラー・芸術家のNatsukiです☆

『映画にどんなに素晴らしいメッセージが含まれていようと
「娯楽性」がなければ作品としては失敗だ』/レオナルド・ディカプリオ



「私たちは過去から逃げるが、過去は私たちを逃がさない。」



2000年に劇場で観た日から「オールタイムベスト映画」不動の1位であり続けている作品で、それは今後も変わらないだろう。

そして、アカデミー賞3部門ノミネート、ベルリン映画祭金熊賞(グランプリ)受賞、ゴールデングローブ賞助演男優賞(トム・クルーズ)受賞、フロリダ映画批評家協会賞アンサンブル・キャスト賞&作品賞受賞作品。

ロサンゼルスを舞台に、一見関係のない男女9人の24時間を「3時間8分」で描き切る長編群像劇の本作は、ポルノ業界の光と影を描いた監督の前作『ブギーナイツ』と同様に、伝説的なカルト映画として世界中に多くのファンがいる。



「あなたの前で私は言葉を失ってしまう。ピーターパンのように、スーパーマンのように、あなたはやって来る。私を救うために。ねえ、私を救って。」



監督・脚本のポール・トーマス・アンダーソンは「小説を映画化するのと同様のコンセプトで、エイミー・マンの歌にインスパイアされ、彼女の楽曲の世界観を映画化した」と語っている。

本作は、エイミーの楽曲作りと映画の脚本執筆を同時に行い、お互いのアイデアや想いをそれぞれ「曲と映画」に反映させ同時進行で完成に向かっていくという、一種の「ミュージカル」 の様に作り上げている。

そして、黒澤明とロバート・アルトマン監督にも多大な影響を受けているP.T.アンダーソンは、警官が拳銃をなくしてしまう場面で『野良犬』オマージュを入れつつ『ショート・カッツ』の姉妹映画というスタンスで本作を撮っている。

タイトルの「マグノリア」は、およそ210種を含む大きな被子植物モクレン目モクレン科の属である「モクレン属(Magnolia)」の名前だが、映画の舞台であるサンフェルナンド・バレーに実在するストリートの名前でもある。

その道路は作中で、人生の岐路に立たされた人々、人生の壁にぶつかり乗り越えようとする人々、どん底から這い上がろうともがく人々が、知らず知らずに偶然すれ違う「人生の交差点」でもある。



「さて、こうしてあなたと出逢った今《もう二度と逢うのはやめましょ》って言ったら嫌?」



本作に登場する《9人の主人公》は、ある日それぞれの「人生の壁」に直面し、それぞれ人生の岐路に立たされる。

自身の主催する男性向け自己啓発セミナー「Seduce and Destroy(誘惑してねじ伏せろ)」で卑猥な言葉ばかりを連呼しながら講演しているフランク。

生放送の人気長寿クイズ番組「What Do Kids Know?(子供は何を知ってるの?)」の司会者で余命二ヶ月を宣告されているジミー。

過去のトラウマから精神的に不安定なうえにドラッグ中毒で家に引きこもりがちなジミーの娘クローディア。

厳しい父からの過度なプレッシャーに押し潰されそうになりつつもジミーが司会を務める番組で奮闘する天才クイズ少年スタンリー。

クイズ番組の初代優勝者であった遠い過去の栄光にすがりながら今はしがない電器店で働いている元天才クイズ少年ドニー。

末期がんのため自宅療養中で会話も困難なクイズ番組元プロデューサーのアール。

母性が強いが数々のストレスで精神的に崩壊寸前なアールの後妻リンダ。

アールの心優しき付き添い看護士フィル。

恋愛には奥手だが運命の出会いを夢見ているノース・ハリウッド地区担当のLAPD(ロス市警)の警察官ジム。



「一時曇り、降水確率82%」



個性的なキャラクターたちをリアリティたっぷりに演じた役者たちの競演も素晴らしく、ジュリアン・ムーア、フィリップ・ベイカー・ホール、フィリップ・シーモア・ホフマン、ウィリアム・H・メイシー、ジョン・C・ライリー、メローラ・ウォルターズ、アルフレッド・モリーナ、メリンダ・ディロン、ルイス・ガスマン、クラーク・グレッグ、ヘンリー・ギブソン、メアリー・リン・ライスカブ、ジェイソン・ロバーズ、メリンダ・ディロン、ミリアム・マーゴリーズ、マイケル・マーフィー、リッキー・ジェイ、マイケル・ボーウェン、ウィリアム・メイポーザー、パット・ヒーリー、などP.T.アンダーソン監督作品の常連も含むクセのある役者たちが勢揃いしている。



「いま恋をしているし、気分も悪い。私はその2つを混同する。」



その中でも特に素晴らしいのは、屈折したSEXセミナーの伝導師として下品なセリフの数々を絶叫しながら客を鼓舞するという、一般的な感覚では誰もが嫌悪感を抱くであろう役を、迫真の役者魂フルスロットルで演じきったトム・クルーズだ。

彼はイギリス滞在中に監督の前作『ブギーナイツ』に惚れ込み、自ら出演を熱望し自らこの役を掴んだ。

監督は、出演が決まったトム・クルーズを念頭に「今まで彼が絶対にやらなかったタイプの汚れ役」をあえて創造し、パワーと支配力に執着し「怒り」をうちに秘めた強烈な個性を持つ男のストーリーを追加で書き足した。

本作の中で唯一の世界的ハリウッドスターである彼は、インディーズ作品のような地味な面々のアンサンブルとしてうまく群像劇らしく機能していて、出演者の中で全く浮くことなく絶妙に抑えた雰囲気で見事に溶け込んでいる。

しかも、ハリウッドスターなら誰もが避けるであろう猥褻なセリフと振る舞い、そして差別的な暴言までもあるこのリスキーな「汚れ役」を、まるで実在の人物かのように生々しく生き生きと演じている。

トム・クルーズが演じたこの役は、彼が役作りのために受けた実際の「ナンパセミナー」の講師の口調と、人の購買意欲を巧みに煽る「テレビショッピング」の司会者の口調、リズム感があり人の気持ちを惹きつける「モハメド・アリ」の口調、その3つをミックスして作られている。



「この世で一番無意味なのは過去だ。過去を振り返ってどんなプラスがある?」



当たり前に訪れる1日の大切さを感じる事、もしくは感じないこと、どちらも幸せなことなのだ。

眩しい海と波の音、子供たちの笑い声、郊外の静かな住宅街、通り雨、遠くで聞こえる救急車のサイレン、賑やかなショッピングモール、雨雲で薄暗い昼下がり、直接は関係の無い人々、カーラジオ、公園で読書、スコール、仕事帰りの孤独、夜の高速道路、小さな悩み、通り過ぎた雨雲の隙間から差す光、そして平等に訪れる「明日」という1日 。

本作を観るたびに、必ず《ラスト3秒》のシーンで涙が溢れる。

監督はどの作品も映画のエンディングを「最もハッピーで、最も悲しい」ということを念頭に置いて作るそうだ。

しかも本作は《ラスト3秒》のアイデアをまず初めに思いつき、そこから脚本執筆が出発したという「ラスト3秒ありき」の作品。

私は、人生の岐路に立たされたとき、人生の壁にぶつかり乗り越えようとするとき、どん底から這い上がろうともがいているとき、この作品を必ず観ている。



「要点は?それは会話のテクニックだ。女の頭の中に入り込み、女の願望と欲望と恐れを知るのだ。」



そのように、世界中にいる自分と同じ様な境遇の人々が、同じ日の同じ時間に同じタイミングで本作を観ているかもしれない。

本作は、そうして世界中で揺さぶられた「感情」が知らず知らずに偶然すれ違う「心の交差点」の様な役割を持っている。

だからこそ永遠に不変のとても大切な作品になったのだ。

これから先の人生も、辛いとき悲しいとき、どんなに生きることに苦しむ時があっても本作の《ラスト3秒》でまた心が癒され、折れかけた「心」を生き返らせてもらうだろう。

そういう意味で本作は、人生で最も幸福な3時間なのだ。

そう、私たちは過去から逃げ続けるが、過去は私たちを絶対に逃がさない・・・。



「君は言ったね《正直に言って、正直に行動すればきっと良い関係を築ける》と。君は素敵な人だ。僕は君を失いたくはない。」