友人も親戚も知り合いも一人もいない町へ、移住してきて約半年になる。大都市札幌から、人口百分の一以下の小さな町へ引っ越すきっかけとなったのは、新型コロナウイルスの影響による勤務先の経営不振、そして業務縮小による解雇だった。
2022年、やっと決まったばかりの仕事に勤め始めてすぐ、随分と雑な経営状況にあることがわかった。社内で私の所属業務の稼働状況等を集計する機会があり、数字的にこの体制ではかなり厳しいと当初から感じていたし、顧客対象を組織に偏重していたためにコロナの影響をもろに受けていた。社内のもう一つの別の業務で黒字にはなっていたようだが、これではやっていけないと感じていた。
すぐに個人客への移行が重要であることや、集客業務の必要性を社長に訴え動き始めていたのだが、時を待たずにさらなるコロナの感染拡大が始まり、次々に顧客が減っていき、新規顧客開拓も困難になってきた。
やがて社長から呼び出され、会社の状況から業務縮小になることを告げられた。再建方向としては間違っていると感じたが、社長もグループ企業内の雇われ社長で、グループの上の決定には逆らえない。まだ試用期間中であり、働いている中では高齢な二人が試用期間の半年終了と同時に解雇されることになった。
条件的にはいい会社だったので、痛い解雇ではあった。だが、天を信じてできることをやっていれば必ず道は開けると信じていたし、焦りはなく、求職作業を続けていると、ほどなく医療系求人サイトを通じてスカウトが来た。
私の仕事は健康保険を使った訪問マッサージ事業なので、仕事には国家資格が必要であり、求人サイトに登録したままにしておけば、時々私の年齢でもスカウトは来る。
だが、その求人の勤務先は北海道の遠い東側にある釧路だったので、勤めるとなれば引っ越ししなければならず、その費用も莫大になる。そんんなゆとりは全くなかった。
何度か相手側とやり取りをして条件は結構いいし、何よりも是非とも来て欲しいと必要とされている。地方に移住することは長年の夢でもあったし、とにかく一度お会いしてみて、周辺の環境も見てみて考えようと思った。
釧路は私の亡き母の生誕地でもあった。大学時代にバイクで旅行して行ったことはあるが、もう40年以上も前の話し。今の釧路は全く知らない。釧路・クシロの語源は「クスリ」だという。この「クスリ」は薬もしくは温泉を意味するアイヌ語で、屈斜路湖を水源とする釧路川が母なる川として流れている街だということ。阿寒摩周国立公園には優れた温泉も多く、アイヌの人たちにとってはまさに薬でもあったので大きなコタンも存在したのだろう。
6月に面接に行った際にはもう移住することは決めていた。社長に面接していただき、いろいろ気遣って手を打っていただき、引っ越し費用も補助して頂けるとのことで、妻ともども移住することを決め、転居先も面接に来た時に物件を見て決定した。
釧路市は人口17万5千人ほどで、道東の政治経済の中心地だ。かつては漁港として漁獲量日本一を誇った時期もあり、歓楽街はススキノよりも件数が多かった時期もあった。地元の人に聞いても昔は胴巻きに札束を入れた漁師たちが飲み歩いていたらしい。大企業は次々に撤退してかつての栄華はないが、それでも中核都市として道東では大きな街ではある。
そして隣接して全く別の自治体として釧路町がある。人口は1万9千人ほどだ。私はこの釧路町の方に転居することを決めた。
釧路は湿原が広がっているので平坦な町で、周囲に高い山はない。だが、釧路町の方には少し山があり、私が住んでいるのも高台の住宅地だ。住まいにはまず防災の観点からいろいろ考えているので、あらゆる災害から被害を受けにくい場所を選んでいる。大地震も予測される土地柄だが、ここは標高で50メートルくらいはあり、海からはかなり離れているので津波の被害は受けにくい。
周囲は森も近く野生動物は身近にいる。エゾ鹿は毎日のように見るし、隣の鶴居村に行けばいつでも天然記念物の丹頂鶴が見られる。タンチョウは本当に美しい。
自然は豊かだが、街中へのアクセスも良く、車で15分程度で市街地に出られる。お店も一通り何でもあるし買い物に不自由することはない。ただ、ここでは車は必須で、こちらに来てから妻の車も購入した。バスもあるにはあるが、車なしでの通勤は不可能に近い。
釧路町は小さな町だが、釧路市と市街地は一体化しているため、実は釧路市よりも買い物は便利だ。ニトリもドンキホーテも映画館も釧路町にはあるが釧路市にはない。ホーマックもダイソーも釧路町のお店が最も大型店だ。郊外型大型店もいろいろある。
私の大好きな温泉も釧路市内に複数あり、近隣にもいい温泉がある。そして何より嬉しいのは土日に行っても混んでいないということだ。札幌周辺では温浴施設が減ってきたこともあって、どこに行ってもイモ洗い状態でそれがすっかり嫌になっていた。
正直気候的にも早く札幌を脱出したかった。毎年2ヶ月も3ヶ月も熱帯夜に苦しめられ、多汗症の私にとっては今の札幌は本当に夏が苦しくて、また冬の雪にも近年本当に泣かされてきた。特に2022年正月の大雪での交通の大混乱は、仕事でも本当に苦しめられ、もうここでは暮らせないと感じていた。
釧路は札幌から比べると平均して5℃くらいは気温が低い。大変体が楽で、夏でも全く寝苦しくなく、冬掛け布団を掛けて寝た日もあるほどだった。さらに何と言っても釧路の素晴らしいところは晴天率が非常に高いこと。本当にこれに勝るメリットはないと感じる。しかもほとんどの日が快晴なのだ。そのためメガソーラーがそこらへん中にあるのは悩ましい点ではあるが。
人間、晴れているだけで心晴れやかになれる。釧路の空は本当に美しく、夕日は「世界三大夕陽の一つ」と言われるほどだ。ジブリの「思い出のマーニー」の舞台でもある釧路は私にとってまさにクスリとなっている。
冬は相当厳しいだろうと覚悟していたが、拍子抜けするほどそうでもなかった。確かに今の時期は毎朝マイナス10℃くらいには冷え込むのだが、もう思ったほど堪えない。不思議なほどに体は慣れてくるものだし、とにかくいつも晴れているおかげで日当たりの非常に良い我が家は昼間はストーブを焚く必要が全くない。太陽の力は本当に偉大だ。そして釧路は雪もほとんど降らないし、吹雪かない。普段から海岸部は別にして、風はあまりない。
我が家はたまたま借りている我が家がととても暖かい家だったということもある。全然立派な家ではない。築35年以上経っており、地震の影響か床が傾いてもいる。トイレは簡易水洗だ。高台の坂道の途中に立っていて、周辺に空き地も多いので日当たりは抜群にいい。4LDKで畑の作れる庭もあってオーバースライダー付きの大きな車庫もあり、玄関前にも車一台停められるし、それで家賃はなんと4万5千円だ。これは釧路の平均としてもかなり安い方で、神仏に護っていただいていると心から感じる。
移住地として釧路は考えてもみなかったのだが、住んでみて引っ越して本当に良かった。仕事も順調だし、こちらに来てから神社にもお寺にもいいご縁をいただいている。避暑地として移住を考えている人にも、雪害からの逃避を考えている人にもお勧めしたい。地方中核都市は適度に田舎で、適度に便利で、今後の世界の大峠を乗り切るにはベストな選択だと思う。
また、私の勤めている会社ではマッサージ師、鍼灸師を継続して募集しているので、都会でコロナの影響で仕事がうまくいかなくなった人などには特にお勧めである。札幌ではフランチャイズの乱立などで、もう訪問マッサージは淘汰の時代に入っており、新規集客は本当に難しくなってきている。地方都市ではニーズは非常に高く、正直客質もいい。一歩踏み出せば世界は変わる。


















