雪のトかし方3

雪のトかし方
宮本えいだい
3
──9月、2学期。膝丈スカート、違和感……
「先ぱーい、たまには部活に顔出してくださいよぉー」
2年の空手部の後輩に絡まれながら、私は学園への坂道を上っていた。
「『部紹介で"形"をしていた先輩はいつ来るのか?』て、新入部員がうるさいんですよぉ」
「あれは、ギリギリになって私を担ぎ出したお前らが悪い」
昨年の2月から生徒会に入った私は、所属する空手部の活動が難しくなっていた。
新1年生への部活動紹介で、形を披露する筈だった3年の1人が緊張の余り卒倒し、急遽私は代役を頼まれていた。
その頃から既に活動が儘(まま)ならなかった私は、責めてもの償(つぐな)いにと新入生の前で空手の形を披露したのだ。
正門から3年の教室棟に向かう途中、1年の棟の昇降口に人だかりがあるのに気付かされた。
「先輩──!」人群(ひとむ)れの中から戻った後輩の様子に、私は急いでその中心を目指した。
下駄箱前の廊下。そこにある横長の掲示板いっぱいに、A4の同じ貼り紙が列(つら)なっていた。
『生徒会 黒い献金受け取りの瞬間!』
『献金は生徒会内で私的流用か!?』
イエローで強調されたゴシックの文字。
モノクロの背景には、長封筒を持ったフードの男と掛橋の姿が映っていた。
それは、4月の募金活動での出来事。私が割って入る直前の光景だった。
「……何っだ!?これ……」
掲示板から千切り取った貼り紙。握った手が怒りで震えていた。
一面に貼られたそれを、私は片端から破り捨てた。
私の様子を伺っていた人群れから、ひそひそと声が沸き上がる。
「黙れ!!誰だ!こんなことする奴は!!」
静まり返った生徒らに向けて、私は視線を突き立てる。
「先輩!こっちにも……」
忌々(いまいま)しい貼り紙の列は、廊下から2階の階段へと続いていた。
「何やってる!全部剥がせっ!!」
悲鳴に似た私の怒号は、真っ直ぐな陽光が降り注ぐ教室棟に虚しく消えていった。
朝のホームルーム直前、教室から強引に掛橋を連れ出した私は生徒会室に来ていた。
「やめろ……そんな顔、するな」
息を切らしているものの、平然とした表情(かお)でいる掛橋。
その様子に私は、困惑と腹立たしさを覚えた。
「事実無根、只の嫌がらせです。毅然(きぜん)としていれば問題ありません」
迷わず曇りのない眼差し。動じることなく凛とした態度。
「自分が何言ってるか分かってんのか?」抑えきれない私の口調は強くなる。
「はい──」脅(おど)しにも似た言葉に揺らぐことがない意思。
それは清廉(せいれん)であって、どこか……
「お前っ──!」開いた間々の扉をノックした音に、私の言葉は止められる。
「掛橋、ちょっといいか?」白石先生だった。今朝の騒ぎを聞きつけてのことだろう。
掛橋は先生に連れられ部屋を出て行った。
閉じられた扉から私は会長の机に視界を戻す。
傍らにある丸いスチール製のゴミ箱。
見下ろした先には、グシャグシャ丸められた"貼り紙"が幾つも入っていた。
握り締めた拳(こぶし)。紙で切れた内側がキリキリと傷んだ。
嗚咽(おえつ)しそうな程にヒリヒリとした感情が込み上げて、私の気管や内臓を焼き付けた──
「それにしましても、犯人の狙いは何でしょう?」会計役員の北川悠理。
昼休み、彼女から生徒会室へ私は呼び出されていた。
「"狙い"──?」
「はい。あの貼り紙は、教室棟全ての昇降口、廊下、階段の至るところに貼られていました」悠理の言葉に私は相槌(あいづち)を打つ。
「既に貼り紙は白石先生たちが回収して、生徒の手にはありません──が、」悠理は自分のスマートフォンを取りした。
そこに映し出されたのは今朝の貼り紙。
「これは──」
「"誰か"がLINEで生徒たちに送信したものです」
「じゃあ、送信先を追えば犯人に──」私の言葉に北川は首を横に振った。
「試みましたが途中でアカウントが消去されていました。この一件の為に作られたものでしょう……」
肩を落とした私に、悠理が言葉を続けた。
「愉快犯──なのでしょうか」悠理の厳しい眼差しが私を見詰めた。
「愉快犯……?」
「そうです。生徒会、若(も)しくは会長の掛橋さんを陥(おとしい)れ、その様子を見たり聞いたりして楽しむことが目的……」
「何で掛橋が──!」
食って掛かる私から視線を逸らし俯(うつむ)く北川は、また首を横に振った。「分かりません……」
「……悪い、北川……」唇から力なく漏(も)れた北川への謝罪は、無力な自分に赦(ゆる)しを得ようとしているように思えた。
貼り紙の犯人は分からない間々、不気味に時間は流れていった。
雪のトかし方/つづく