とても読み応えがある良い本に出逢いましたのでちょっと紹介。


少しずつ読んでいたのですが、
息子を寝かしつけた後の今日のお風呂で読了。

下記ショッキングな内容がありますので、読みたくない方はまた次回のブログで会いましょう!











『奇妙な死体のとんでもない事情: 2万人を検死した法医学者の事件ファイル』 著 : 巽信二





タイトルはなかなかセンセーショナルですが、具体的な事案を紹介して「死やご遺体を通じて知る生きること」という真摯なものです。

〜〜〜
 
外科や内科の医学は「すでにあるもの」を見つける。生化学や内視鏡などの技術を駆使して、腫瘍や疾患を発見していく。
法医学は、なくなってしまったもの、腐敗してしまったもの、動物や虫に喰われてしまったものを、自分の能力を駆使して補っていく。

中略

法医学とは「死からのフィードバック」だと思っている。死は生の続きだ。


p179〜180より抜粋

〜〜〜

病院の先生と違って、法医学者の先生とは接点がないもの。
ドラマの中のイメージくらいしかない。
以前、知り合いの旦那さんが法医学者の方でチラッとお仕事の話を聞いたことがあって、そのことが頭に残っていたからか、書店で手に取ったこの本。


生きている方でなく、亡くなっている方と向き合い、原因追求をしたり、場合によっては裁判にも立ち会う特殊な仕事。
生きたくても生きられなかった人たち、亡くなった人たちを何千人とみる法医学者の巽信二先生の言葉は心に刺さるものがあります。


実際に起こった殺人事件の裏側や阪神淡路大震災に東日本大地震。酔っ払っての落下事故、医療過誤に自殺の検案。様々な現場での現実を読んでいて思わぬ角度からの衝撃を受けました。
特に医療過誤に関する項目は、是非読んでいただきたい。簡単に言うと医師側の医療ミスで治るはずの病気だったのに亡くなってしまったケースの話。その中でも特に見過ごしてはいけない医療過誤の例をあげて下さっています。

〜〜〜

私は怖がりなのだ。
人は簡単に亡くなってしまう。
法医学者は、それを知っている。

p181より抜粋

〜〜〜

死というのは、私にとっては特別で身近なことではないと感じていたので、この言葉にハッとさせられました。
自分の親族や友人知人の範囲内での「死」は特別で身近でないけれど、法医学者にとっては毎日亡くなった方々と向き合い、検案や解剖があって、死の理由は必ずしも特別でないこともたくさんあるからこそ、「簡単に亡くなってしまう」という言葉が出るのではないでしょうか。


本当はこうやって生きていること自体が奇跡で、「死ぬまで生きること」が大事なことなんじゃないかなと。





この本にあった中で特に驚いた話をかいつまんでご紹介して終わりましょう。


高齢のお年寄りが自宅で病死されたそう。
現場では2匹の中型犬がご遺体に両側から寄り添うように死んでいる。犬たちは餓死だった。

それからほどなくして、別の高齢者の死亡案件。
ご遺体のまわりを丸々太った2匹のかわいい小型犬がキャンキャンと元気に走り回っている。ご遺体は亡くなった後、ところどころ犬に食べられていた。

なぜなのか。
巽先生は文献を調べてようやくわかったそうだ。
それは、犬は「ご主人」と「餌やり係」を区別して認識しているということ。


ご主人ががどちらで、餌やり係がどちらなのかは皆さんおわかりでしょう。悲しい現実ですね。
これがどういう意味なのかは、是非本書を読んでみてください。



この話を夫にして、うちのルルはどっちだと思ってるのかなと話しました。
すると、夫は「うーん。どっちだろう。でも、どっちにしろ、ルルは歯がないから食べれないね」と言いました。


(補足:
数年前に歯槽膿漏の悪化で残る歯を全て抜歯。
心配しましたが、抜歯後たくさんごはんを食べるようになり、今も元気です。
犬は歯がなくても喉が強いから大丈夫らしい。
ごはんは飲みやすいよう小さく切ったり、ちぎったり、小さなカリカリをあげてます。)


「確かに歯がないね」と答えながら、
「ルルはきっとご主人だと思ってるに違いない!」と心の中でそれぞれ思う夫婦でした。


それはともあれ、本当に勉強になる良い本です。
今年は年末年始にたくさん時間があると言う方にオススメします。