加藤周一「羊の歌」から | さかえの読書日記

さかえの読書日記

琴線に触れたことを残す備忘録です。

「『仏文の研究室には、秀才が集まっているですよ』ともいっていた。『渡辺とか、森とか、三宅とかね、これはみんな仏文はじまって以来の秀才だ。僕がわからないことは、渡辺に訊きます。何でも知らないことはないね。小林秀雄もよくできたが…これは渡辺と違って、教室にちっとも出てこない。家で本ばかり読んでいる。ぼくの家の本を持っていって、煙草の灰で汚してかえしてくるんだ。実によく勉強したな。試験をすると、講義に出ていないから、できませんね、それで通して下さいというのだから、ひどいものだ。卒業論文だけは書いてきて、とにかくこれを見てください。見ると、驚いたね。これが素晴らしい、最高点だ。渡辺、小林、森…森君はデカルトとかパスカルとかいっていてね、これがまたすごい秀才ですよ、仏文にもこういう人が出てこなくてはいけない、難しくてなんだかよくわからないけどね」

 

「わたしはまた、研究室で助手をしていた森有正・三宅徳嘉の二人とも相知るようになった。そのころの森さんは、本郷のYMCAの一室に、積み上げた本と煙草の吸い殻と埃と、洗濯を将来するはずの下着や靴下などの間に、埋もれて暮らしていた。パスカルをフランス語で、カルヴァンをラテン語で読み、バッハのオルガン曲を弾いて、その間に、研究室ばかりでなく、YMCAの前にあった『南米コーヒー』店でも談論風発していた。」