「漱石とその時代」その10 | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「高浜虚子が、『ホトトギス』派の文章会になにか書いて出さないかと金之助にすすめたのは、難攻不落を誇った旅順要塞の203高地が陥落したころである。金之助は意外にも例になく愉快そうな顔で虚子をむかえ、『一つできたからすぐここで読んで見て下さい』といった。」


「この原稿には題がついていなかった。金之助は『猫伝』としようか、それとも書き出しの第一節をとってそのまま題にしようか迷っているところだと告白した。虚子は即座に書き出しの一句をとるべきだといった。

こうして『吾輩は猫である。名前はまだない』という書き出しは、そのままこの文章の題になったのである。」


「虚子がこの原稿をたずさえて子規庵の山会に出たときには、定刻を大分すぎていた。参会者一同は虚子が朗読するのを聴いて、『とにかく変わっている』と異口同音に賛辞を呈した。『吾輩は猫である』は、『ホトトギス』明治38年1月号に掲載されることに決まった。その時文科大学講師夏目金之助は、誰にも、おそらく彼自身にも気づかれぬところで、作家夏目漱石に変身していた。」


 第2巻が終了した。