藤村信「ゴッホ 星への旅」から | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

「印象派の友人を増やしていくうちに、すべての画家が自分と同じ志を抱いているわけではないこともわかってきた。ヴァンサン(ゴッホ)は光を色点に分解するスーラの科学的な理論に耳を傾けると、その通りだと納得して、点描を試した。しかし、印象派をなのる画家がすべて彼らのモチーフとする対象に十分の愛情を傾けているわけでないことを知った。ヴァンサンは網膜にうつった単なる『印象』、あるいは束の間の形象を描いて事たれりとする画家ではなくて、事物がひそめている神秘と本質をつかもうとせずにはいられない人間であった。絵にかかわるすべてを学び、実験する気構えだった。絵にかかわることでヴァンサンにとって無縁なものは一つとして存在しない。」


「売れないのはヴァンサンのみの不運に限らない。まともな画商で印象派を取り引きしようなどとは誰も考えていない時代であった。テオ(ゴッホの弟)商会の画廊でマネとかシスレーを数点売ったが、それはめざましいまでに例外の出来事であった。ゴーガンだって、セザンヌだって、だれもふりむきはしない。」


「とっつぁんからエクスの畸人を紹介されたヴァンサンは盛んに彼の画論をまくしたてて、彼の静物と人物画をセザンヌに示した。疑わしそうな表情でヴァンサンの風体をながめ、意見を聞き、絵にながめいっていたセザンヌはやがて首をふって言った。『正直に申し上げるが、あなたの絵は気のふれた絵だ』」


 小林秀雄の「ゴッホの手紙」のために読み始めた。『事物がひそめている神秘と本質をつかもうとせずにはいられない人間であった』とは、まさに小林そのものではなかろうか。