皆さんこんにちは。
やっと冬らしく寒くなってきましたね。
私は絶賛迷い中。
まあ、こればっかりはもう少し時間が経たないと答えがでないのでのんびり構えてます(笑)
最近、YouTubeでタロットって調べて見てたんですが(その絶賛迷い中のことで)、才能みたいなのを出すのもやっててやってみたんです。
面白いなーって🤣
審判というカードだったかな?
その人の解釈では、
「宇宙の叡知と繋がっている。子供の時から感覚がちょっと違ってて、みんながあるひとつの事象で笑っているのが理解できない。この世は全てバランスがとれてて、光と闇は表裏一体。全てのことは巡りめぐっている。ということをもともと知っている。」
という感じらしいです。
色々はしょっているので分かりにくいかと思いますが、色んな例を挙げてくれたのでめっちゃわかる!ってなりました。
学生の時って、
周りの子が人を笑ったりバカやってる姿を見て、
心底理解できなくて(笑)
いったい何が楽しいのか分からなかったんです。
初めてのことを失敗するのは当たり前、
なのになぜ笑うのか?
苦手なことを一生懸命するのは素敵なこと
なのになぜバカにするのか?
誰もが初心者で、得手不得手があって、例え間違っても失敗しても一生懸命したらそれでいい。
っていうのが感覚的に強かったんですね。
あと、中学ぐらいの時から
「学歴社会じゃないよ」って言い続けてました。
現に今、大学卒業したけど仕事辞めてバイト掛け持ちしてるし(笑)
それが言い悪いじゃなくて、とりあえず大学卒業してればオッケーっていうのは違うっていう感じ。
そもそも大学って、何か自分が学習したいこと、目指している職業などを深く学びにいく場所であって、なんとなく行く場所ではないと思うんですね。
学習って世界が広がることなので大切だと思います。
けれど一番の勉強はやっぱり「経験」だと思います。
「学習」と「経験」は別物ですよね。
なので「仕事」と「学習」を一緒にしちゃあきませんよ、というのが昔からの私の主張(笑)
というか、これは大半の人が感じていることじゃないですかね。
今思えば昔から変なことばかり考えてました。
天国と地獄ってなんだろう?とか
人が死んだらどこにいくのだろう?とか
いったい私と認識できるのだろうか?とか
私と他の人の違いってなんだろうか?とか
他の人の見ている世界は私の見ている世界と同じなのだろうか?赤は赤なのだろうか?とか
もし、生まれ変わるとしたら過去なのだろうか?未来なのだろうか?とか
宇宙の果てには何があるのだろうか?
星が死ぬとき、私たちはどうなるんだろうか?とか
今思えば変なことばっかり考えてましたね(笑)
10歳前後なのに、強く「死」というものを意識してました。
恐ろしいという思いも確かにありましたが、どっちかというと常に隣り合わせの感覚。
人はいつでも死ぬ。って感じですかね。
それから他者との違いも強く意識してました。
考えてもみてください。
もし、別の人として生まれていたら?
どんな視界で、どんな考えをしているのだろう?
同じものをみたとして、同じように見えるのだろうか?
私は長江恵理として生まれたけど、長江恵理たらしめるものはなんだろう?
本当に私は長江恵理なんだろうか?この考えている私はなんなんだろうか?
そんな、大変めんどくさいことを考えたこともあります。
これ考え始めると他者との境界が曖昧な気がしてくるのでおすすめしません(笑)
一番理解不能なのは、生まれ変わったら次は過去なのか未来なのか。
これはなんかなんでそう思ったのかは不明ですが、昔からそう思ってました。
生まれ変わるときは決して未来だけじゃないって。
時代を遡ることもあるだろうし、もっともっと未来のこともある。
もちろん、人間じゃないこともあるだろう。
って。
「時間」って思っている以上に規則も決まりも原則もないのかもしれないですね。
縦に真っ直ぐ伸びる線ではなくて、うーん、上手く言えませんね。
星が生きていることも感覚的に知ってました。
太陽が死んだらどうなるんだろうとかね。
そのときは感覚的に、思い込みも一般常識もないときですから、色んな考えをしてたんですね。
今になって明確に言葉にできるようになってきてますが、それでも自分の「当たり前の感覚」のところで考えているところが多々ありそうです。
そういう感覚を私は大切にしたほうが良いようです。
心の示す方向を見落とさないように。
知る、ということは
世界を広げることなんですね。