社会人になりたての頃、
新規営業をやっていた。
仕事が来ることが当たり前だと、
仕事の有り難さは分からない。
仕事の本当の始まりとは何かとを
1人で学んでこい、という方針だ。
当時は、今の自分よりも遥かに
度胸も特別なスキルも無かったから、
相当苦労した。
商材がタブロイド紙の枠売りで、
ターゲットが特徴ある業界だったから、
癖があり、心の抵抗も強かった。
自ら作ったリストをもとに、
ひたすら電話をかけるが、
全然アポが取れない。
途中で電話を切られたり、
電話口で急に相手が話さなくなり、
自分の声だけ聞こえるようになると、
心底不安になった。突然電話を切られたりもした。
飛び込み営業も経験した。
怒鳴られたり、無言で扉を閉められたとき、
そのまま、消えてしまいたいと思った。
いざ、アポが取れても、
上手く話せなかったり、
まともに聞いてくれなかったり、
自分の椅子が用意されておらず、
立ったまま説明したこともあった。
新規営業という職種は、
世界で一番嫌われ者なのだと本気で思った。
そんな嫌われ者の中でも、
特に何もできない自分が悲しかった。
それでも、毎日続けていると、
次第にアポが取れるようになり、
アポ先でも、一通り話ができるようになった。
ある場所で仕入れた情報を
別のアポ先で活用したり、
アポ時間の合間にカフェで過ごしたり、
直行直帰で息抜きするという「スキル」も
身に付いてきた。
人間の適用力とは、不思議なものだと、
他人事のように感心した。
数ヵ月後、
ようやく2件の受注を果たした。
同期の中で最も遅く、
最も少額の受注であった。
初めての発注関係の
契約を交わす際、
店長さんから、
「これっきりにしないで、ちゃんと定期的に営業してくれよな。」
と言われた。
当時はその言葉の意味が分からなかった。
皆、営業が嫌いなのに。
必要なときは、客から連絡するわけじゃないのかな。
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その後、私は商材をWebに移し、
Webサイト構築を中心にキャリアを重ねていった。
その際、「新規営業」の機会があっても、
多くは顧客側から連絡があり、それをきっかけに、
出向き、見積りや提案を通して、受注を得ていく。
既に先輩方が築いた会社のブランドがあり、
既存顧客も多かったし、提供可能な強みもあった。
しかし、初期の入り方こそ異なるが
営業という行為は、そこでも必要であるし、
取引関係になった後も、仕事が継続したり、
途切れたりする。
大きな案件が一区切りし、
一定期間を経て、再び、
大きな仕事をさせて頂くこともあった。
そこでの営業の役割とは何であろうか。
私が思うに、ガチの新規営業であっても、
取引関係後の営業であっても、
本質的な役割は重なるところが大きいと思う。
上手な営業は、顧客が困っているとき、
何かを求めているとき、それを察して、
タイミングよくやってくる。
服を選んでいるときに、
即効で店員にロックオンされると委縮してしまうが、
いざ、サイズや色で相談をしたいときに、
その様子を見て、声をかけてくれる店員さんがいると、
必要以上に話をしてしまうし、予定以上の買い物をしたりする。
それを可能にするためには、
顧客のビジネス、取り巻く業界、担当のミッションなどを知っていたり、
顧客の情報を掴んだり、観察したり、想像したり、様々な要素が大切と思うが、
一言で言うなら、相手を知ることが必要だと思う。
一方、
私のWebキャリアのように、
相手からの相談を前提にする業態においても、
必ずプロジェクトの切れ間や、
新たな種蒔きを必要とするタイミングがあり、
そのときになって、さあ営業しようとなっても、
概して、顧客が望むタイミングであるとは限らない。
視点がサイドであり、
そこに顧客視点はない。
であれば、過去お取引頂いた顧客が、
例え現在は大きな取引がなかったとしても、
その後、顧客がどういう状況であるかと把握し、
我々のサービスを必要とするタイミングは無いか、
または、潜在的に情報提供が有益であるタイミングは無いか、
考えたり、検証したりするだけで、本当に声をかけるべく
必要なタイミングがみえてくる。
「ちゃんと営業してくれよな。」の言葉は、
やりっ放しにせずに、一緒に伴走してね、
という言葉だと今は感じている。
新規営業の経験は多くを学んだが、
正直、もう飛び込みはやりたくない。
しかし、営業は役割が大きく、
圧倒的に差がでる領域であると信じているし、
そのエッセンスは、初心を忘れずに、
これからも磨いていきたいと思う。