佐々木敦規監督による、ももいろクローバーZ主演の青春映画『幕が上がる』(監督:本広克行)のメイキング・ドキュメンタリー『幕が上がる、その前に。彼女たちのひと夏の挑戦』。

ナレーションは清水ミチコ





『幕が上がる』の原作者で劇作家・演出家の平田オリザによるワークショップへの参加から始まり、2014年の夏から秋にかけて行なわれた映画の撮影を通して、ももクロのメンバーたちが“女優”という未知の領域に踏み出し成長していく姿を追う。



本広克行監督とももクロの皆さん


今回の感想は本篇の『幕が上がる』を観ていることを前提で書いてますので、もしまだのかたはただちに映画館に向かうかそちらの感想のあとにお読みくださいませ。

まず最初にお断わりしておくと、僕はももクロの熱狂的なファン“モノノフ”ではないどころかこれまで彼女たちのことをほとんど知らなくて、『幕が上がる』とこの『幕が上がる、その前に。』の2本の映画を観終わってから、ネットで調べた非常に浅い知識を基にこれを書いています。

なので勘違いや勝手な思い込みによる誤った情報を発信している危険もあるので、もし間違っていたらご指摘いただけるとありがたいです。

よく知らないくせにあれこれとわかったようなことを書いているのは、あくまでも映画に出演している“女優”として彼女たちを見ているからで、アイドルとしてのももクロの皆さんに対する悪意はありません。


さて、3/11(水)から始まったこのメイキング映画はどうやら短期間での限定公開らしくて、2週間ほどで終わるようです。しかも一日に1回、夕方の上映。

でも一週間前に『幕が上がる』の本篇を観て好きな映画になったので、このドキュメンタリーもぜひ観たかったのです。

なので初日に行ってきました。

初日ということもあってか平日の夕方でもお客さんはわりと入っていて、僕が座ってた席のまわりはモノノフと思しきおじさんたちが固まっていた。アウェイ感漂う雰囲気。でもカップルの姿も。

もしも完全にファン限定みたいな作りの作品だったらツラいところだったんですが、実際には映画の中でももクロの本業であるアイドル活動についての言及、描写というのはほとんどなくて、『幕が上がる』を観て興味を持った僕のような人にも十分に入り込めるメイキング映画でした。

青春賦



僕はももクロのメンバーの普段のキャラクターを知らないから、たとえば劇中では真面目な後輩・明美ちゃん役である佐々木彩夏が撮影現場では意外とおしゃべりだったり、ちょっと影のある中西さん役の有安杏果が劇中で一緒にお芝居をした現役高校生たちにちゃっかりももクロのライヴを宣伝してたりと、あぁ、この子たちの本職は「アイドル」なんだなぁ、とあらためて気づかされたりもする。

一方で、がるる役の高城れには映画本篇でもメイキングでもほとんど違いがないのが可笑しかったりw このメイキング観たら本篇のがるるが一層可愛く見えること請け合い。

ももクロの現リーダーである百田夏菜子がまるでアテ書きされたように演劇部の部長でこの映画の主人公でもあるさおりとキャラがダブって見えるのはわかるんだけど(曇天だとマジックアワーでの撮影に好都合、ということがどうしても理解できないくだりとか笑いましたw)、ももクロのこれまでの歴史を知らない僕には、お姫様キャラであるユッコ役の玉井詩織もまた本人と役柄がちょっとダブるのだということを知って(これは映画の中では述べられないが)面白かった。

ユッコは中西さんが転入してきてさおりが彼女と仲良くしているのにちょっと嫉妬する。友人として、また演劇部員としての自分のこれまでのポジションを脅かされたような気分にもなったんだろう。

で、この場合、現実では中西さんに当たる人物は佐々木さんだったんですね。

ももクロでそれまでツインテールの妹キャラだった玉井詩織が、年下の佐々木彩夏が加入したことでその立ち位置を変えざるを得なくなったということ。

その辺の事情をよく知っているモノノフの皆さんには、だからこの配役はまさに絶妙に映ったのではないだろうか。

また、後半でのさおりの長台詞についても、かつて6人だったももクロからメンバーの1人が離脱していった事実を知っていれば、さらに感動も深まるでしょう。

その元メンバーである早見あかりは現在映画やTVドラマで女優として活躍中なので、『幕が上がる』を観た人なら劇中の誰が彼女とダブらせてあるかは明白。

本広監督はもちろん最初からそれを意図していて、だから教室での場面で百田さんにコンサートの時のスピーチのように話してほしい、と注文をつける。


ところで「演出」についてですが、このメイキングの中でも本広監督はしきりに平田オリザさんからの影響を口にするんだけど、そして監督やももクロのメンバーたちに平田オリザのメソッドが多大な影響を与えたことはこのドキュメンタリーを観ていればよくわかるんですが、でもその演出方法は平田さんと本広さんでは大きく異なる。

ワークショップでの平田さんは、ここをもっとこういうふうに、とか、これは違うとか非常に具体的に「ダメ出し」してるんですね。「間」や身体の動かし方など、目に見えるものを指摘し、指示を出す。

偶然など入り込む余地もないミリ単位の正確な演技を求める(映画の中では合宿の時に黒木華が演じる吉岡先生が同じことを部員たちに要求していた)。

面白かったのが、平田さんが百田さんに「“演出家”っぽく見せるにはどうしたらいいのか」をレクチャーしていたこと。

稽古を見ている時、演出家はキョロキョロと頭を動かしたりはせず、目だけ動かす。そのように演じてみせるだけで「らしく」見えるのだ。

つまり、よく観察してそれを真似ること。まずは形から入る。

ボールを使ってキャッチボールした時とボールなしで同じ動きをやってみた時に、何が違うのか。

精神論的な演技論ではなく、すべてが身体の動きと連動している。

逆に登場人物の「気持ち」とか、感情がどうとかいう抽象的なことは一切言わない。

原作小説の中で吉岡先生は「俳優は簡単に巧くならない」と言う。

これはなかなか辛らつな発言だけど、長年芝居の演出を務めてきた平田オリザさんの実感なんだろう。

だからそれは映画の中のももクロにもいえて、演技そのものが短期間で目覚しい向上を見せることはないのかもしれない。

でも、「それらしく」見せることは可能だ、と。

平田オリザの演出法、あるいは演技論というのは、もしかしたら俳優の演技力というものをあまり信用しないところから始まっているのかもしれない。

おそらく芝居の稽古でもああいうふうに演出しているんでしょう。

でも本広監督は、このメイキングを観る限りではそこまで細かい演出はしていない。

もっと役者にお任せなんですね。

実際の撮影現場ではどうだったのか知らないけれど、メイキングの中で本広監督が平田さんのように細かい演技指導をしている場面はまったくなくて、ただ長廻ししてるだけ。

それはそれで俳優に緊張と集中を求めることにはなるし、結果的にはよかったと思うんですが。

もしも撮影を平田さんの方法論で徹底してやってたら、ももクロも他の俳優たちも疲労困憊してしまったかもしれない。

だから、まず撮影前にワークショップでガツンとショックを受けさせて、若くて柔軟な彼女たちが感化されてそこで吸収したものを自ら撮影現場に持ち込むことを期待していたのかもしれないですね。

そういう意味で、原作を提供しただけではなくて、平田オリザさんのこの映画における影響の強さは計り知れない。

平田さんが言っていた「負荷をかける」というフレーズを口にして笑っている本広監督とももクロのメンバーの姿からもそれがうかがえる。


平田さんの唱える演技論に感銘を受けつつも、映画には映画の良さがあって、たとえば中盤での見せ場である駅のプラットフォームでのさおりと中西さんの会話シーン。

人は宇宙でたった独りなんだ、と涙ぐんで呟く中西さんに、さおりは「でもここにいるのはふたりだよ」と答える。

これは原作にはない映画オリジナルの場面なんだけど、このなかなかいいシーンのOKテイクを巡って監督と演じ手の意見が分かれる。

監督が使うことに決めたテイクに納得せず、最後のテイクがよかった、と主張する百田と有安。

しかしそのテイクでは百田の顔へのピン送りのタイミングが遅れていて(俳優のせいではなくテクニカルなミス)、長廻しで撮ったそのショットをそのまま使うことはできない。

結局、間に引きの画を挿入して、彼女たちが推したショットが使われることに。

映画では普通にあることだけど、これは一つの連続した時間の中で行なわれる舞台演劇ではできない芸当だ。

監督はこの女優たちとのケミストリーにちょっと興奮気味。

いや、ご自身のショットを見極める目を演者に否定されたんだから、監督としてちょっとはヘコんだ方がいいのでは?^_^;

本広監督って、きっとイイ人なんだろうなぁ。

キャメラの前でももクロたちに、今回ほど真剣に演出したことはない、これまではモニターの前で指示出してただけだ、って無邪気に白状している。

つまり『踊る大捜査線』でも『少林少女』でも出演者たちにろくに演技をつけてなかったってことですよね。それはダメだろ(;^_^A




平田オリザは役者が台本に忠実に台詞を喋ることにこだわる。劇中で吉岡先生に語らせているように、ちょっとした言い回しの違いでも台詞のニュアンスが大きく変わってしまうからだ。

ところが、本広監督はこの映画のクライマックスといってもいい教室でのさおりの長台詞の場面で、百田夏菜子ががるる役の高城れにの台詞を一つトバしてしまうというミスをした一発撮りのテイクにOKを出す。

ああいう演技は二度できない、という本広監督の判断は的確だったと思います。

映画にはそういうことがある。

というか、それこそが映画の醍醐味、とも思う。

メイキングで作品の裏側を観たから「あぁ、そうだったんだ」と事情がわかるけど、何も知らずに映画の本篇だけ観てたら誰も台詞がトンでることなんか気づかないし、もう一度あの場面を観返せば百田さんの渾身の演技にきっと誰もが納得するでしょう。


本篇ではとても印象的だった吉岡先生役の黒木華は、このメイキングではももクロのメンバーを「女優」のオーラで圧倒する存在として登場する。

実際に高校時代は演劇部に所属していてプロとしてのキャリアも舞台から始めた黒木さんは、実年齢ではももクロの子たちと4~5歳しか違わない。




20歳の百田や21歳の高城が10代の女子高生を演じる一方で、24歳の黒木華が貫禄たっぷりの教師を演じて不自然じゃない面白さ。

メイキングでしばしば進行役、というか狂言回しのように出てきて場を和ませるムロツヨシがまるで演劇部のOBのように見える。

主役のももクロよりも一足先に出番が終わって去っていくムロさんの姿に、演劇と同様、映画の撮影というのはいつか終わりがくるんだ、ということを実感する。

黒板に「が上がる」と素で書き間違えてる百田さんが可笑しかった。よかったな、まだ「墓が上がる」って書かなくてw




僕はももクロに限らずアイドルグループへの関心がきわめて薄いので、あくまでも映画に出演した若き女優たちとして彼女たちを見ています。

だからもしもまた『幕が上がる』のような良質な映画に彼女たちが出演したら、ぜひ観たい。

『幕が上がる』の試写を観たあと、高城れにが大泣きするところで思わずもらい泣き。

大変なことは一杯あっただろうし、だからこそのあの涙だったんだろうけど、撮影中に彼女たちがメイキング用のキャメラの前で見せていたのはとびっきりの元気だった。

とにかくももクロのみんなの元気さとひたむきさに、疲れたおっさんの僕は何か自分が失くした大切なものを思いださせてもらいました。

若い人だけじゃなくて、いい年したおじさんたちが彼女たちを応援する理由がちょっとだけわかったような気がする。

僕はモノノフではないけれど、映画のサントラ買おうかな(^o^)






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