矢口史靖監督、染谷将太長澤まさみ伊藤英明優香西田尚美マキタスポーツ光石研近藤芳正柄本明出演の『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』。

原作は三浦しをんの小説(未読!)。



大学受験に失敗した平野勇気(染谷将太)は、たまたま目にしたパンフレットの表紙の女性に惹かれて三重県の山間部で行なわれる林業の研修に参加する。そこはスマホの電波も通じない田舎で、不便な自然の中での過酷な肉体労働が待っていた。慣れない「杣(そま)」の仕事に早くも音をあげそうになる勇気だったが、パンフレットに写っていた女性、直紀(長澤まさみ)の存在になんとか踏みとどまる。与喜(伊藤英明)の厳しい指導にも堪えて、生活をともにする神去(かむさり)村の人々ともじょじょに打ち解けて働くうちに勇気の中で次第に何かが変わっていく。


矢口史靖監督はもう十何年か前に「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」のイヴェントで少しだけお話していただいたことがあります。飄々としたまるで学生さんみたいな感じの監督さんでした(今回、矢口監督のインタヴュー映像観たら顔はあの当時のままで白髪になっててちょっとビックリ)。

それよりさらに何年か前にPFFのスカラシップ作品『裸足のピクニック』を観て、眼鏡っ娘の女子高生(父親役はMr.オクレ、『愛の新世界』で片岡礼子と浜辺でスッ裸になる前の鈴木砂羽も出演)が次々と不幸に見舞われて挙げ句の果てに泉谷しげるの子どもを産むという、なんとも説明しがたい作品なんだけど、奇妙な魅力があって気にかかってました。

『裸足のピクニック』(1993)



それで次の『ひみつの花園』が公開されると劇場に馳せ参じて、「お金命」な銀行員を演じる西田尚美の不思議ちゃんぶりに魅了されたのでした。

れっきとした商業映画でありながら、自主映画出身の矢口監督らしい適度なチープさに溢れた快作でした。

『ひみつの花園』(1997)




劇場パンフレット


その後は『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』とヒットを飛ばしているのは周知のとおり(その前に『アドレナリン・ドライブ』もあったっけ)。

一気にメジャーになった『ウォーター~』では妻夫木聡をはじめ、初々しい教師役の眞鍋かをり、自販機にフライング・キックをカマす平山あや、アフロが燃える玉木宏、『スウィング~』ではイノシシに追いかけられる上野樹里貫地谷しほり、眼鏡っ娘の本仮屋ユイカなど、出演した若手俳優の多くがその後軒並みブレイクしたことでも有名。

でも失礼ながらまさかこんなヒットメーカーになるとは思いもしなかった。なんだか手作り感覚抜群の映画撮ってた人だもの。それが今ではTV局の出資で有名俳優が大勢出演するビッグ・バジェットの映画撮ってる。

その極めつきが2008年公開の綾瀬はるか主演の『ハッピーフライト』。

『ハッピーフライト』(2008)



特に前半での各スタッフたちの通常業務の細かい描写が興味深くて、専門用語を使った会話がよくわからないけどいちいち説明したりしないのでまるで職場にお邪魔してるような感覚。

職業を徹底的にリサーチして臨むやり方は、ちょっとひと頃の周防正行監督を思わせたりします。監督が脚本も書いてるのも同じだし、なんとなく映画界でのポジションもかつての周防監督に似てきてるような。

その分、物語自体はわりと平凡なんですが。

初期の矢口作品は、物語がどこに向かってるのか読めない、というのが持ち味の一つでもあったと思うんだけど(かなりデタラメだったりもしたので)、『ウォーターボーイズ』辺りから結末はほぼ予想できる展開が多くなっていく。

『ハッピーフライト』ではハプニングに見舞われたさまざまな立場の複数の登場人物たちが順繰りに描かれていて「グランドホテル形式」のウェルメイドな出来だったと思いますが、逆に自主映画スピリッツというか、イイ意味での「手作り感」がほとんど感じられない作品になっていて(メジャーの商業映画なんだから当然なんだけど)、映画は楽しんだものの観終わったあと若干物足りなさも感じたりして。

あの映画では綾瀬はるかの他にも寺島しのぶ吹石一恵田畑智子など、すでに知名度がある俳優を多数起用してることも、有望な新人の発掘に定評のあった矢口監督のスタンスが変わってきたのかな、なんて思ったり。

とはいえ、もしも矢口監督があのまま自主映画テイストの映画を撮り続けていたらそれはそれで文句言ってるんだろうから、我ながら身勝手なものですが。

そうは言いつつも、その次の『ロボジー』も普通に観に行くつもりだったんですよね。

ところが、事前に読んだ某映画レヴューサイトの感想がけっこう微妙、というかかなり辛らつなものが多くて「アレレ?」と。

いや、人の感想も大事だけど自分自身の目で確かめなきゃダメだろ、とは思うんですが、なんだろ、ちょっと観るタイミングを逸してしまって。

で、今に至るまで観ていません。

ずっと作品追ってきたくせに薄情なもんです。

そして恥ずかしながら、今回も映画館で予告観てもピンとこなくて「う~ん、これもスルーかな」なんて思っていたのです。

それがけっこう評判がいいらしいのと、“他に観たい映画が特になかった”という、これまた大変失礼な理由で公開2週目を過ぎてそろそろ上映館数も減ってくる直前に鑑賞。

しかしこれが実にまっとうな作品で、大変おみそれいたしました。

以下、ストーリーについての言及がありますので、未見のかたはご注意ください。



杣人(そまびと)とは、古代から中世にかけて山林で伐採や製材に従事した者のこと。近世から近代にかけては、林業従事者一般を指して単に「杣」と称するようになった。

以上、Wikipediaより。


勇気は、やがてさらに山奥の与喜(ヨキ)の家で1年過ごすことになる。

軽ーいノリで“田舎”に来てみたものの、「いやいやいや、俺には無理だわ…」となるというのは確か(あまりよく覚えていないが)『ウォーターボーイズ』でもそうだったと思うんだけど、矢口監督が得意とするシチュエーションではある。

これみよがしな天変地異が起こるのでも凶悪犯罪に巻き込まれるわけでもない(たまに事故には遭うけど)、今日も明日も続く日常の一コマで時々プッと笑わせつつ物語が進行していく。

今回の最新作でもストーリー自体は何か奇を衒ったものでも予想を覆すような結末が待っているわけでもない。

『ハッピーフライト』には航空業界についてのトリビアや細かいディテールが盛り込まれていて「業界モノ」といった感じだったけど、この『WOOD JOB!』では林業を題材としながらそこにさらに人情味というか、生きた人間たちの営みに触れるところがあって、それはこの監督さんが実は昔から持っていた資質なのかもしれないけれど(自主映画時代からみられた登場人物たちのさりげない日常描写など)、メジャーデビュー以来、久々にそれを感じました。

おばあちゃんの描き方なんかにもそれはうかがえる。

 


正直なところ、僕はこれまで伊藤英明や長澤まさみが出演した映画で「これぞ!」という作品に出会っていなかったんだけど、この『WOOD JOB!』はまさしくそういう映画になったのでした。

 


最後に手ぬぐいを振りながら「さようなら、さようならぁ!!」と叫び続ける長澤さんにはキュンとなったし、何よりこの映画での伊藤英明は実によかった。

 


ブリスター!』で初めて知って『陰陽師』を観た時は「イケメンだけど台詞が凄まじく棒読みだなぁ」と思った伊藤さんが、いつしか演技の達者な俳優さんになりましたね。って何様のつもりなんだよ俺。

何年か前にTVドラマのエキストラに参加して間近で伊藤さんを見たんだけど(なにげに自慢)、背が高くて顔立ちの整った男前で、そして冬なのになぜか黒かった(映画の役作りのためだったのかも)。

今回はCMでも披露している彼のあの引き締まった肉体とふんどし姿を堪能できます。

そういうのに目がないかたはぜひw




脇の人たちの使い方も行き届いてて、三重弁で何言ってんのかよく聞き取れないおっさん役の有福正志とか、ああいう人いかにもいそうだし、マキタスポーツは朝ドラの「花子とアン」といい、この人最近映画やTVドラマでイイ味出しすぎw




主演の染谷将太については、僕はこれまで彼の主演映画は『ヒミズ』しか観ていないけど、あの1作で共演の二階堂ふみとともに「これは確かにスゴい役者だ」と思いました。時折ほんとに邪気のない瞳を見せる不思議な俳優さんだなぁ、と。




それを逆手にとって暗い役もこなしてきたんだろうけど、今回はストレートに「頼りなくてダメなとこもあるけど、根はイイ奴」を好演。

でも実際には出演者の中では誰よりも早くチェーンソーの使い方をマスターしたんだそうで、きっと見た目の印象とは裏腹に器用な人なんでしょうね。

てゆーか、そうじゃなかったらあんな高い木の上であんな格好で演技とか危なくてできないでしょ。

インタヴューによれば、矢口監督はこれまで染谷君が出演した作品を観たことがなかったそうで、初めて会った染谷将太ご本人の印象から主人公の勇気にピッタリだと思ってたら、あとになってからそれまでの出演作でけっこう暗い役が多かったことを知ったんだとか。

映画監督としては忙しくされてるけど、邦画界の現状には疎かったんですねw

ところで、矢口監督の作品ではこれまで脇役で何作も出てる人はいても(竹中直人とか)主演俳優が別の作品に出たのを見た記憶がないんですが(『ロボジー』ではどうだったかわからないけど)、今回かつて『ひみつの花園』で主人公を演じた西田尚美が長澤まさみ演じる直紀の姉で中村林業の親方(光石研)の妻を演じている。

これは矢口作品ではわりと珍しいことなんじゃないかと。

これまでのヒロインの中で年齢的にもちょうどいいから、っていうのもあるんだろうけど、矢口監督は西田さんには何か思い入れがあったのかな、なんて思ったりしました。

お馴染みの顔も多いんだけど、キャスティングにはかなりこだわる監督さんなんでしょうね。


勇気の高校の時のカノジョが大学のサークルメンバーとともに遊びに来るくだりはちょっとあまりにとってつけたようで、若者たちの調子こき方も中途半端だしわざわざ再登場させるんなら元カノとももうちょっと何かあってもよかったんじゃないかとは思ったけど、勇気の村での生活に焦点を絞りたかったのかな。

全体的にテンポよく進むのでとても観やすいんですが、もうちょっといろんなエピソードを見たかったな、とも。

村での生活は現実にはいろいろしんどいこともあるだろうし、この映画では林業の厳しさをそんなに多くは見せていないと思うんで、やや理想化されてる部分も感じなくはないんですが、作り手が最初から田舎やそこでの生活を見下して小バカにしていたり、逆に作り物めいた田舎生活推し(アニメ『おおかみこどもの雨と雪』にちょっと感じた)のような不快感はありませんでした。

やたらと子作りにこだわる優香演じるヨキの妻とか、それは都会の人間以上に切実な問題かもしれないし、彼らがどのように収入を得ているか、あるいは村人同士の付き合いについてなど、突っ込んでは描かないものの一応触れてはいる。




何よりも心に残ったのは、林業というのは自分たちの世代が生きている間にその成果を目にすることができない仕事、という親方の言葉。

それでも先祖から代々受け継いできた山とそこに植えられた木々を守り大切に使って、そして自分たちが植えて育てた木々を子孫たちに残していくという、これは今を生きるすべての人間にいえることでもあるでしょう。

そういう普遍的なテーマにもつながっていく。

彼らが言う「なあなあ」というのはもちろん「いいかげんに」ということではなくて、「杣人」としての誇りや山への感謝と敬いをこめた言い回しなのだろう。

人間が山々に包まれている、そんな様子を表現しているようにも感じられる。

組合会長(柄本明)の孫が“神隠し”に遭う場面で感じる山の恐ろしさや神秘的な雰囲気は印象深いし、木の上から山々を見下ろす勇気とヨキや働く男たちの姿など実際の現場の空気感がよく映しだされている。

子どもたちの風情も、昔幼い頃に観た児童映画を思いだしたりなんかして。




親方の息子が勇気に懐くところなんかもいかにもそれらしくて。

ラストで再び電車で神去村に帰っていく勇気の姿には、ちょっとジブリの『おもひでぽろぽろ』のエンディングを思いだしました。

久しぶりに実写の邦画を観たんですが、よかったですよ。

まだご覧になっていないかたは、映画館に足を運んでみてはいかがでしょうか。

これからも矢口史靖監督の新作を楽しみにしています。




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