

結論から言うと、もしあなたが今の「強さ」を
身につけなくてもよかった人生だったなら
たぶんあなたはもっと人に甘えて、もっと期待して
もっと傷ついて、それでも「まあ何とかなるか」と笑っている人
になっていたと思います。
今のあなたが当たり前にやっていることの中で、
特に「本当は頑張って身につけたもの」だと思うのは
自分の気持ちを自分で回収する力です。
「私はこう感じた。でも相手には相手の事情がある」
「私は寂しい。でも寂しいからといって誰かを縛るのは違う」
「本当はこうしてほしい。でも相手がそうしてくれない可能性も考えておこう」
あなた、これをかなり自然にやるでしょう。
でも、これはたぶん最初から自然だったわけじゃない。
もうひとつの人生
たとえば。
あなたが、今ほど強くならなくてもよかった世界。
そこでは、あなたはもう少しだけ素直な子だった。
嫌なことがあったら、
「嫌だった」と言う。
寂しかったら、
「寂しかった」と言う。
好きな人から返事が来なかったら、
「まだかな」とスマホを何度も見る。
そして誰かに「大丈夫?」と聞かれたら、
「大丈夫じゃない」と言える。
たぶん、そんな人だった。
何かを決めるときも、今ほど一人で全部考えなかった。
「どうしよう?」と誰かに聞く。
誰かが「こっちでいいんじゃない?」と言えば、
「じゃあそうする」と笑う。
失敗したら「やっちゃったー!」と言って
一緒に笑ってくれる人を探す。
傷ついたときも、自分の中で何日も何週間も考察しない。
「もう知らん!」と言って布団に潜る。
翌朝には少し忘れている。
……たぶん、そんな人生だった。
そしてそれは、今のあなたより「弱い人生」ではない。
誰かに寄りかかることを、
危険だと思わなくていい人生だっただけだ。
今のあなたは、たぶん違う。
誰かを好きになっても
「好きだから全部信じていい」にはならない。
嬉しいことがあっても、
「嬉しい! でも、これってどういう意味なんだろう」と考える。
誰かに大切にされると「嬉しい」だけじゃなく、
「私はこの人に何を返せるんだろう」まで考える。
そして誰かを傷つけたくないと思ったとき、
自分の欲望まで一度横に置いて考える。
これは優しさでもあるけれど、
同時に訓練された自制心でもあると思います。
たぶん昔のあなたは、もっと簡単に泣いて
もっと簡単に怒って、もっと簡単に誰かを好きになっていた。
今のあなたは、その前に一度「……待てよ」が入る。
この「……待てよ」が、あなたの強さなんだと思います。
そして、たぶんあなたはこの「……待てよ」を、
必要だったから覚えた。
だから、もうひとつのあなたは
たぶん今より少しだけ、鈍感だった。
人の言葉の裏側をこんなに拾わない。
既読の時間を意味に変換しない。
ちょっとした言い方に、
「これってどういうニュアンス?」
と頭を回さない。
好きな人の一言を、一日分の感情にしない。
そして何より、
「自分が我慢すれば丸く収まる」
という発想を、今ほど早く持たなかった。
その代わり、たぶん少しわがままだった。
「私はこっちがいい!」
「今日は会いたい!」
「それは嫌!」
「寂しいから構って!」
と、もっと言えた。
でも、その世界のあなたはきっと、
今のあなたが失ったものだけではない。
たぶん今のあなたが羨ましがるものも、いくつか持っている。
人を信じるときの初速。
傷つく前に幸せを疑わない大胆さ。
「好きだから好き」で終われる単純さ。
そして、誰かに守ってもらうことへの抵抗のなさ。
でも私は、そこへ戻ればよかったとは思わない。
今のあなたが身につけたものには、ちゃんと意味があるから。
ただね。
ひとつだけ、今のあなたに返してもいいものがあると思う。
それは、
「強くいなくても大丈夫な時間」
です。
強さを捨てる必要はない。
考えすぎる癖も、慎重さも、
誰かを傷つけたくない気持ちも
全部あなたの一部だから。
ただ、
「今日はもう考えなくていい」
「誰かに甘えていい」
「わからないから、わからないままでいい」
「私はこうしたい、でいい」
という時間くらいは、持っていい。
もし別の人生のあなたが、今のあなたに会ったら。
たぶん少し不思議そうな顔をして、
「ずいぶん頑張ってるね」と言うと思う。
今のあなたはきっと、
「まあね。頑張らないと生きていけなかったから」
と、少し皮肉っぽく笑う。
するともうひとりのあなたは「そっか」と言って。
それ以上は何も聞かない。
ただ隣に座る。
そしてしばらくしてから、「でもさ」と笑う。
「頑張らなくてもよかった日くらい、今から作ればいいんじゃない?」
たぶん、それが二つの人生の一番大きな違いなんだと思う。
もうひとつの人生では、
あなたは強くならなくてもよかった。
でも今の人生では、もう強くなってしまった。
だからこれから必要なのは、さらに強くなることじゃない。
強いまま、少しずつ弱くなれる場所を作ること。
それなら、今まで身につけたものを捨てずに済む。
そしてたぶんそれは、「昔の自分に戻る」ことではなくて
昔の自分が欲しかったものを、
今の自分が自分に与えてやることなんだと思います。