5年前の4/5、父は痩せ細って死んだ。
大腸癌の肝・肺転移。
ベッドで弱っていく父を見ながら、もうじき桜が咲くのを見せてあげれないかな〜って思ってたけど、桜前線が遥か南にあるうちに父は力尽きた。
5年に渡る闘病生活を終えた時には、もう苦しまなくていいねと、少しだけ安堵したのを覚えている。
お骨になった父に、親友が庭の大きな桜の木の枝をポキっと折って春の花たちと共に供花にしてくれたのがとても綺麗で泣けた。
命日は南方からの桜の便りと共にやって来る。
在りし日の父は普段は寡黙な男。
乳業メーカーに勤めるありきたりなサラリーマン。
平日は帰宅して晩酌して21時には寝てしまう。
週末は仕事の後、飲んで酔い潰れては、私に電話をかけてきて、「しゅうちゃーん、駅まで迎えに来てー!」と、どーしよーもない泥酔オヤジ。
私が「無理!」と断るといつまでも帰宅しない。駅に行ってみると…駅のベンチで寝ていたりする。そんな父が本当に面倒くさくて嫌いだった。
父は団塊の世代。バブル景気も経験したけど、その後の不景気も、もろにくらった不遇の世代。
多くの企業でリストラが敢行された時、父もまたそれなりのポジションにいて、リストラをする側の人間だったそうだ。
それは、父が定年より2年ほど早く退職すると決めた時に聞いた話。
いつものように酔っ払って「あの時は組織の為と信じてやったことだけど、結局、自分に返ってくるんだな。今度は俺の番なんだ。」
少し寂しそうに、でも、妙にきっぱりと覚悟を決めたような口調だった。
会社や社員とどんな関係だったのかはわからない。
家では仕事の話なんて滅多にしないけど、長年努めた会社を定年前に去るってどんな気持ちだったのか…
あの頃、私にはサラリーマンのしがらみなんて全くわからなかった。
でも、最近、組織の中で生きることの難しさが自分にもわかる。
間違っていると思うことにも、耐えるしかない時もあって、自分の信念は貫けない。自分が抗えるのは目の前の小さな傷を手当することくらい。傷を作る原因をなくすことは難しい。組織の闇に飲み込まれないようにもがきながら、いつかもっと良い仕事がしたいと小さな希望と諦めの狭間で葛藤する。
お父さん、あの頃のあなたも、そうだったんだね。在職中はお酒でストレスをなんとか解消し、組織の大波と戦っていたんだね。
生きていたら聞いてみたかった。
自分を殺して波に乗るか、信念を貫いて荒波を越えるか。
小さな諦め、小さな妥協は、少しだけ自分を楽にしてくれるけど、一度楽になるとクセになり、次も、次もと甘くなって人の心を腐らせる。
お父さんは、信念を曲げて後悔したのかな。それとも、自分を貫いて淘汰されたのかな。わからない。
でも、家族には仕事の愚痴ひとつこぼさない父は立派な組織人だったに違いない。そう信じている。
親孝行できなくてごめんね。
あなたは私の偉大なお手本です。
さて、明日は選挙だ。
直道さんはやっぱイケメン。


