第14回:50代で考える『キャリアの転換点』ー 安定を捨てる決断
こんにちは。前回は、大手企業で直面した「組織の病」と変革の難しさについてお話ししました。
今回は、私のキャリアの転換点について、率直に書きたいと思います。26歳での大手企業から零細企業への転職、36歳での外資系企業への挑戦、そして41歳での大手企業への転職。三度の「安定を捨てる決断」をどう下したのか。今、振り返って何を思うのか。包み隠さずお話しします。
26歳:最初の転機
大手セメント会社での4年間
1999年、22歳で新卒入社した大手セメント会社。
誰もが知る大企業で、年収500万円。
新卒としては、恵まれたスタートでした。
福利厚生も充実し、将来も安定している。
両親も親戚も、みんな喜んでくれました。
「大手企業に入れて良かったね」
「これで一生安泰だ」
しかし、心の奥にあった違和感
しかし、4年が経った26歳の時、私は大きな違和感を抱えていました。
「このままでいいのか?」
- マニュアル通りの仕事
- 言われたことを淡々とこなす日々
- 挑戦の機会がない環境
- 見えないキャリアパス
- 若手に裁量権はほとんどない
年収は600万円まで上がっていました。
26歳で600万円。決して悪くありません。
でも、お金だけの問題ではありませんでした。
「学び」がなくなった
最も深刻だったのは、「学び」がなくなったことです。
入社1〜2年目は、毎日が学びでした。
業界知識、技術、社会人としての基本。
でも、3年目以降、新しく学ぶことがほとんどなくなりました。
同じ作業の繰り返し。
同じ会議の繰り返し。
同じ1年の繰り返し。
「このまま30年、同じことを繰り返すのか?」
この問いが、日に日に大きくなっていきました。
最初の決断:零細企業への転職
周囲の猛反対
26歳の時、私は零細企業への転職を決めました。
従業員わずか15名の小さな会社。
しかも、年収は350万円。
年収が半減する転職でした。
両親は猛反対しました。
「せっかく大手企業に入ったのに」
「年収が半分になるなんて、正気か?」
「もったいない」
友人たちも理解してくれませんでした。
「何を考えているんだ?」
「大手を辞めるなんて、バカだろう」
それでも決断した理由
それでも、私は決断しました。
理由は、シンプルでした。
その零細企業には、「学び」があったからです。
面接で社長と話した時、目が輝いている自分に気づきました。
- 新しい技術に挑戦している
- 少人数だからこそ、何でもできる
- 若手にも大きな裁量権がある
- 失敗を恐れない文化がある
「お金は減るが、成長できる」
そう確信しました。
26歳の決断の意味
今振り返ると、この決断が、その後の私のキャリアを決めました。
「お金より成長」という価値観
この価値観は、今も私の軸になっています。
もし26歳で大手企業に留まっていたら、おそらく今の私はいません。
安定の中で、少しずつ市場価値が下がり、
40代になって「このままでいいのか」と悩む。
でも、もう選択肢がない。
そんな人生になっていたかもしれません。
零細企業での8年間
年収350万円の日々
2008年、26歳。零細企業での生活が始まりました。
年収350万円。手取りは月20万円程度。
正直、生活は厳しかったです。
ボーナスは寸志程度。
昇給もほとんどない。
30代になっても、年収は400万円台前半でした。
しかし、得たものは大きかった
でも、得たものは年収以上に大きかったです。
①:何でも挑戦できる環境
少人数の会社だからこそ、何でもやらせてもらえました。
- 技術開発
- 顧客対応
- 見積作成
- プロジェクト管理
- 品質管理
すべてを経験しました。
②:失敗から学べる文化
失敗しても、責められることはありませんでした。
「失敗から学べ」という社長の方針。
この文化が、私を大きく成長させました。
③:顧客との直接対話
大手企業では、若手が顧客と直接話す機会はほとんどありません。
でも、零細企業では、私が最前線でした。
顧客のニーズを聞き、提案し、交渉する。
この経験が、後の外資系企業で活きました。
④:経営者の視点
社長の近くで働くことで、経営者の視点を学びました。
どうやって利益を出すか。
どうやって会社を成長させるか。
この視点は、大企業では絶対に得られないものでした。
30代半ば、再び岐路に
8年が経ち、私は34歳になっていました。
零細企業での経験は、かけがえのないものでした。
でも、新たな課題が見えてきました。
零細企業の限界
- グローバルな視点が持てない
- 最新技術に触れる機会が少ない
- 大規模プロジェクトの経験ができない
- 体系的な教育がない
そして、何より、
「このスキルは、市場で通用するのか?」
という不安が膨らんできました。
36歳:二度目の決断
ドイツ外資系企業との出会い
34歳の時、ドイツ外資系企業の日本法人と出会いました。
彼らが求めていたのは、
- 現場経験が豊富な人材
- 顧客対応ができる人材
- 技術と営業の両方が分かる人材
まさに、零細企業で培った私のスキルでした。
2年間の準備期間
すぐに転職するのではなく、2年間準備しました。
やったこと:
- 英語の勉強(TOEIC 500点→850点)
- ドイツ語の基礎学習
- 業界標準の資格取得
- 国際規格の勉強
- グローバル企業の研究
36歳での転職。
準備なしでは、成功しないと分かっていました。
36歳という年齢
36歳での転職は、リスクが高いと言われました。
「もう若くない」
「新しい環境に適応できるか」
「外資系は厳しいぞ」
でも、私には確信がありました。
零細企業での8年間の経験が、必ず活きる。
現場を知っている。
顧客を知っている。
技術を知っている。
この経験は、若手にはないアドバンテージです。
家族への相談
当時、私は結婚していました。
妻に、転職の話を切り出しました。
私:「外資系企業に転職したい」
妻:「年収は?」
私:「最初は480万円。前職より少し上がる程度」
妻:「外資系って、クビになるリスクは?」
私:「ある。でも、挑戦したい」
妻の言葉
妻は、しばらく考えた後、こう言いました。
「あなたは、大手企業を辞めて零細企業に行った時も、周りに反対されたわよね」
「でも、あなたはそこで成長した」
「今回も、きっと正しい選択だと思う」
「私は、あなたを信じる」
この言葉が、私の背中を押しました。
外資系企業での6年間
2011年、36歳で入社
ドイツ外資系企業に、36歳で入社しました。
年収480万円。
零細企業の時より少し良い程度でした。
最初の2年:苦悩と学び
正直に言えば、最初の2年は苦しかったです。
- 英語でのコミュニケーション
- グローバル会議への参加
- ドイツ本社との調整
- 異なる文化への適応
何度、「自分には無理かもしれない」と思ったことか。
ミハエルとの出会い
そんな時、ドイツから赴任してきたミハエルが、私の上司になりました。
彼は、私の可能性を信じてくれました。
「ケンジ、君の現場経験は素晴らしい」
「英語は後からついてくる。大切なのは、価値を提供できるかだ」
ミハエルの指導のおかげで、私は徐々に成長していきました。
3年目:転機
入社3年目、39歳の時、転機が訪れました。
オイルメジャーとの大型プロジェクトのリーダーに任命されたのです。
そして、プロジェクトは成功。
その結果、年収は650万円に上がりました。
零細企業時代の1.5倍以上です。
外資系企業で学んだこと
6年間で、私は多くのことを学びました。
①:グローバルスタンダード
- 世界で通用する仕事の進め方
- 明確なコミュニケーション
- データドリブンの意思決定
②:スピード感
- 意思決定の速さ
- 行動の速さ
- 失敗からの立ち直りの速さ
③:個人の責任
- 曖昧さのない責任
- 「私がやります」と言える勇気
- 結果で評価される厳しさ
④:多様性の価値
- 異なる文化の理解
- 多様な視点の重要性
- グローバルチームの力
これらは、日本企業では絶対に学べないものでした。
41歳:三度目の決断
40代に入って考えたこと
40歳を過ぎた頃、私はまた考え始めました。
外資系企業での経験は、素晴らしいものでした。
年収も650万円まで上がり、経済的にも安定していました。
しかし、会社が日本撤退を決めたため再度転職が必要となりました。
また外資系を選ぼうと思いましたが、
新たな疑問が湧いてきました。
「この経験を、日本で活かせないか?」
日本企業への思い
ドイツ外資系企業で働きながら、日本企業の課題が見えてきました。
- 意思決定の遅さ
- グローバル競争への対応不足
- 古い体質
- 変われない組織
でも、日本企業には素晴らしい技術と人材があります。
「この両方を橋渡しできるのは、自分かもしれない」
そう思うようになりました。
大手エンジニアリング会社への転職
2017年、41歳の時。
大手エンジニアリング会社から、マネージャーとしてのオファーがありました。
年収900万円の提示。
外資系企業時代より、大幅アップでした。
最後の決断
これが、最後の転職になるかもしれない。
41歳という年齢を考えると、次の転職は難しいでしょう。
慎重に考えました。
転職のメリット:
- 年収アップ
- 日本企業を変革する挑戦
- 安定性
- これまでの経験を統合できる
転職のデメリット:
- 外資系企業のスピード感を失う
- 官僚的な組織
- 変革への抵抗
- 意思決定の遅さ
妻との最後の相談
妻に相談しました。
妻:「また転職?3回目よ」
私:「これが最後の挑戦になると思う」
妻:「年収は上がるのね」
私:「うん。でも、それだけじゃない。日本企業を変えたい」
妻は、笑いながらこう言いました。
「あなたは、結局、挑戦が好きなのね」
「でも、それがあなたらしい」
「もう私も慣れたわ。やりなさい」
三度目も、妻が背中を押してくれました。
2018年、大手エンジニアリング会社へ
2018年、41歳で大手エンジニアリング会社に入社しました。
年収900万円。
22歳で大手セメント会社に入社した時の500万円から、1.8倍になっていました。
三度の転職で学んだこと
振り返ると、私は三度の大きな転職をしました。
- 26歳:大手→零細(年収600万→350万円)
- 36歳:零細→外資(年収480万円)
- 41歳:外資→大手(年収900万円)
それぞれの転職から、重要な教訓を得ました。
教訓①:「安定」は幻想である
大手セメント会社での「安定」
22歳で入社した大手セメント会社。
誰もが「安定している」と言いました。
確かに、倒産のリスクは低かったでしょう。
でも、個人として安定していたか?
答えは「No」です。
気づいた「本当のリスク」
26歳で気づきました。
一つの会社でしか通用しないスキル
市場価値が上がらないキャリア
変化に対応できない自分
これこそが、本当のリスクでした。
会社は安定していても、私自身は安定していませんでした。
零細企業での「不安定」
年収が600万から350万に下がった時、
周囲は「不安定だ」と言いました。
確かに、会社は小さく、給料も低かったです。
でも、私自身は成長していました。
市場価値は、確実に上がっていました。
本当の安定とは
三度の転職を経て、理解しました。
本当の安定とは、「どこでも働ける力」を持つこと
- 会社に依存しない
- 業界に依存しない
- 地域に依存しない
これが、真の安定です。
教訓②:年収だけで判断するな
26歳の決断:年収半減
26歳で年収が半減した時、
多くの人が「もったいない」と言いました。
確かに、短期的には損でした。
月の手取りが10万円以上減りました。
でも、長期的には
でも、長期的に見るとどうでしょうか?
もし大手に残っていたら:
- 26歳:600万円
- 36歳:おそらく750万円程度
- 41歳:おそらく850万円程度
実際のキャリア:
- 26歳:350万円
- 36歳:480万円
- 41歳:900万円
最終的には、転職した方が年収は高くなりました。
さらに重要なこと
そして、年収以上に重要なものを得ました。
- 多様な経験
- 市場価値の高いスキル
- グローバルな視野
- 広い人脈
- 自信
これらは、お金では買えません。
年収の「総額」で考える
キャリアを考える時、
一時点の年収ではなく、生涯年収で考えるべきです。
短期的に年収が下がっても、
長期的に市場価値が上がれば、
最終的には高い年収を得られます。
そして、何より、
成長できない環境での高収入より、
成長できる環境での低収入の方が、
長期的には価値があります。
教訓③:タイミングより準備
36歳での転職
「36歳で外資系企業への転職は遅い」
多くの人がそう言いました。
確かに、20代後半の方が転職しやすいでしょう。
でも、準備があれば
でも、私には2年間の準備期間がありました。
- 英語力(TOEIC 850点)
- ドイツ語の基礎
- 業界資格
- 国際規格の知識
- 零細企業での豊富な実務経験
この準備があったから、36歳でも成功できました。
「完璧なタイミング」は来ない
多くの人が、「完璧なタイミング」を待っています。
「もう少し若ければ」
「もう少し英語ができれば」
「もう少しスキルがあれば」
でも、完璧なタイミングは永遠に来ません。
「60点の準備」で踏み出す
私が実践したのは、「60点の準備で踏み出す」ことです。
完璧を待たない。
60点の準備ができたら、行動する。
残りの40点は、現場で学ぶ。
この姿勢が、3回の転職を成功させました。
教訓④:家族の理解が最重要
一人では決められない
転職は、個人の決断ではありません。
特に家族がいる場合、家族の決断です。
私の三度の転職も、妻の理解なしには不可能でした。
26歳:年収半減の決断
年収が半減する転職。
妻は不安だったはずです。
でも、私の思いを聞き、理解してくれました。
36歳:外資系への挑戦
外資系企業への転職。
「クビになるリスク」を妻は心配しました。
でも、「あなたを信じる」と言ってくれました。
41歳:最後の挑戦
三度目の転職。
妻は、もう慣れたように言いました。
「また挑戦するのね。それがあなたらしい」
感謝
三度の転職、すべてを妻が支えてくれました。
不安な時も、苦しい時も、側にいてくれました。
妻なしに、今の私はいません。
改めて、深く感謝しています。
教訓⑤:後悔しない選択をする
55歳の先輩の言葉
大手セメント会社を辞める時、
55歳の先輩がこう言いました。
「若い頃、転職を考えたことがあった」
「でも、安定を選んだ」
「今、後悔している」
この言葉が、私の原点です。
「挑戦しない後悔」は重い
三度の転職を経て、確信しました。
「挑戦して失敗した後悔」は、乗り越えられます。
学びに変えられます。
次に活かせます。
でも、
「挑戦しなかった後悔」は、一生残ります。
「あの時、やっておけば」
この後悔は、消せません。
私の選択
だから私は、常に「挑戦する道」を選びました。
- 26歳で安定を捨てた
- 36歳で未知の世界に飛び込んだ
- 41歳で新たな挑戦をした
すべて、後悔しない選択でした。
現在:大手企業での挑戦
入社11年、52歳の今
大手エンジニアリング会社に入社して11年が経ちました。
現在、52歳です。
前回のブログで書いた通り、組織の壁に何度もぶつかりました。
でも、成果は出ている
- 自分のチームの生産性向上
- 若手社員の成長
- 他部署への変革の波及
- 経営層からの評価
完全に組織を変えることはできていません。
でも、確実に、何かが動いています。
そして、年収も
年収も、現在は1,000万円を超えました。
22歳の時の500万円から、2倍以上です。
でも、年収より大切なもの
でも、年収より大切なものがあります。
自分の経験が、誰かの役に立っている実感
零細企業での現場経験。
外資系企業でのグローバル経験。
これらを統合して、日本企業に還元する。
この挑戦が、今の私のやりがいです。
20代の皆さんへ
今が最大のチャンス
20代の皆さん、今が最大のチャンスです。
失敗しても、やり直せます。
リスクを取れる年齢です。
挑戦できる時期です。
安定の罠に注意
でも、「安定」の罠に注意してください。
大企業に入れたから、安心。
公務員になれたから、安泰。
本当にそうでしょうか?
市場価値を高めよ
20代でやるべきことは、市場価値を高めることです。
- その会社でしか通用しないスキルか?
- 転職市場で評価されるスキルか?
- 10年後も価値があるスキルか?
この視点で、キャリアを考えてください。
失敗を恐れるな
失敗を恐れないでください。
20代の失敗は、すべて学びになります。
私も、零細企業で何度も失敗しました。
でも、その失敗が、今の私を作りました。
30代の皆さんへ
まだ遅くない
30代の皆さん、まだ遅くありません。
私は36歳で外資系企業に転職しました。
英語もTOEIC 850点。完璧ではありませんでした。
でも、成功できました。
経験は武器になる
30代の強みは、経験です。
20代にはない、実務経験。
この経験を、次のステージで活かせます。
ただし、準備は必要
ただし、準備は必要です。
私も2年間、準備しました。
英語、資格、業界知識。
準備をした上で、踏み出してください。
家族との対話を
そして、家族との対話を大切にしてください。
リスクを共有し、理解を得る。
これが、30代の転職の鍵です。
40代の皆さんへ
最後のチャンス
40代の皆さん、これが最後のチャンスかもしれません。
50代になると、転職市場は厳しくなります。
今、決断する時です。
「もう遅い」は嘘
でも、「もう遅い」は嘘です。
私は41歳で転職しました。
年収900万円のオファーを得られました。
40代には、40代の価値があります。
マネジメント経験が武器
40代の強みは、マネジメント経験です。
人を育てた経験。
組織を動かした経験。
これは、若手にはない価値です。
ただし、市場価値を維持せよ
ただし、条件があります。
市場価値を維持し続けていること
学び続けている。
新しいスキルを身につけている。
業界の動向を追っている。
これができていれば、40代でも転職は可能です。
あと15年働く
50代は、まだキャリアの折り返し地点です。
あと15年働きます。
この15年を、どう過ごすか。
今の延長線上でいいのか。
新しい挑戦をするのか。
今、決める時です。
転職しなかった「もう一つの人生」
時々、考えます。
もし、転職していなかったら。
大手セメント会社に残っていたら
26歳で転職せず、大手セメント会社に残っていたら。
おそらく、今頃は課長か次長になっていたでしょう。
年収は850万円程度。
安定した生活。
定年まで、あと15年。
でも
でも、きっと心の奥では、こう思っていたはずです。
「あの時、転職していれば」
「もっと、違う人生があったかもしれない」
「挑戦すれば良かった」
そして、この後悔は、一生消えなかったでしょう。
私が選んだ道
私は、後悔しない道を選びました。
三度の転職。
それぞれにリスクがありました。
苦労もしました。
でも、後悔はありません。
挑戦した人生を選んで、良かったと心から思います。
妻への感謝
三度の転職を支えてくれた
このブログを締めくくるにあたって、
改めて妻に感謝を伝えたいと思います。
三度の転職という大きな決断を、支えてくれました。
26歳:年収半減の時
年収が半分になる転職。
不安だったはずです。
でも、私を信じてくれました。
36歳:外資系への挑戦
未知の世界への挑戦。
リスクを感じていたはずです。
でも、背中を押してくれました。
41歳:最後の転職
三度目の転職。
「また?」と思ったはずです。
でも、「それがあなたらしい」と笑ってくれました。
苦しい時も
外資系企業で苦しんでいた時も、
大手企業で壁にぶつかっていた時も、
いつも側にいてくれました。
妻の支えなしに、今の私はいません。
本当に、ありがとう。
娘へのメッセージ
娘へのメッセージ
娘は今、17歳。高校3年生です。
進路を考える時期です。
パパの経験から
パパは、三度転職しました。
22歳で大手企業に入りました。
26歳で年収が半分になる転職をしました。
36歳で外資系企業に挑戦しました。
41歳で大手企業に戻りました。
周りからは、「安定がない」「落ち着きがない」と言われました。
でも、後悔はない
でも、パパは後悔していません。
なぜなら、自分で選んだ道だからです。
誰かに言われた道ではなく、
自分の心が求めた道を歩きました。
あなたに伝えたいこと
だから、あなたにも伝えたいことがあります。
①:他人の期待に応えるために生きるな
「良い大学に入れ」
「大手企業に入れ」
「安定した仕事を選べ」
周りは、いろいろ言うでしょう。
でも、あなたの人生は、あなたのものです。
他人の期待に応えるために生きる必要はありません。
②:「安定」を疑え
みんなが「安定している」と言う道が、
本当に安定しているとは限りません。
大企業も倒産します。
「安定」していた業界も衰退します。
本当の安定は、「どこでも生きていける力」を持つことです。
③:失敗を恐れるな
パパも、何度も失敗しました。
零細企業で失敗し、
外資系企業で恥をかき、
大手企業で壁にぶつかりました。
でも、その失敗が、パパを成長させました。
失敗は恥ではない。挑戦しないことが恥だ。
④:お金だけで選ぶな
パパは26歳で、年収が半分になる選択をしました。
お金だけで考えたら、間違った選択です。
でも、そこで得た経験が、今のパパを作りました。
目先のお金より、長期的な成長を選べ。
⑤:自分の心に正直に
一番大切なこと。
それは、自分の心に正直に生きることです。
「これがやりたい」と思ったら、やってみる。
「これは違う」と思ったら、変える勇気を持つ。
周りが何と言おうと、自分の心に従ってください。
パパは、いつでもあなたの味方
どんな道を選んでも、
パパとママは、あなたの味方です。
失敗しても、支えます。
困った時は、相談してください。
あなたが後悔しない人生を歩めるよう、応援しています。
エピローグ:52歳の今、思うこと
振り返って
22歳で社会人になって、30年が経ちました。
52歳になった今、振り返ると、
決して平坦な道ではありませんでした。
三度の転職。
何度もの失敗。
苦しい時期もありました。
でも
でも、後悔は一つもありません。
すべての選択が、今の自分を作りました。
すべての経験が、今の価値を生んでいます。
挑戦し続けて、良かった。
心からそう思います。
まだ道半ば
キャリアは、まだ道半ばです。
定年まで、あと15年あります。
この15年を、どう過ごすか。
これからの目標
今、私には明確な目標があります。
①:日本企業の変革に貢献する
外資系企業で学んだグローバルスタンダードを、
日本企業に浸透させる。
古い体質を変え、
若い世代が活躍できる環境を作る。
②:次世代を育てる
自分の経験を、次世代に伝える。
「挑戦することの大切さ」
「失敗を恐れないこと」
「市場価値を高めること」
これらを、若手に伝えていきたい。
③:学び続ける
52歳になっても、学びを止めません。
新しい技術、新しい知識、新しい視点。
常にアップデートし続けます。
④:家族を大切にする
何より、家族を大切にします。
妻への感謝を忘れず、
娘の成長を見守り、
支え合う家族でありたい。
5年後、10年後
5年後、57歳の時。
どんな自分になっているか。
おそらく、まだ現役で働いているでしょう。
さらに変革を進め、
さらに若手を育て、
さらに成長している。
そんな自分でありたいです。
10年後、67歳の時。
定年を迎えています。
でも、まだまだ現役で働きたいです。
培った経験を活かして、
後進を育て、
社会に貢献している。
そんな姿を目指しています。
そして、65歳で定年を迎える時
65歳で定年を迎える時、
こう言えたら最高です。
「後悔のない、充実したキャリアだった」
「挑戦し続けて、良かった」
「次の世代に、何かを残せた」
最後に:読者の皆様へ
あなたも、転換期に立っているかもしれない
このブログを読んでくださっている皆さん。
もしかしたら、あなたも今、
キャリアの転換期に立っているかもしれません。
転職すべきか、留まるべきか。
挑戦すべきか、安定を選ぶべきか。
私からのメッセージ
30年間のキャリアを経て、
三度の転職を経験した私から、
あなたに伝えたいことがあります。
①:「もう遅い」は嘘
何歳でも、挑戦はできます。
26歳でも、36歳でも、41歳でも。
私は、それを証明しました。
年齢は、言い訳になりません。
②:準備をした上で、踏み出せ
ただし、無謀な挑戦は勧めません。
準備をしてください。
スキルを磨き、
市場を研究し、
家族と話し合い、
財務を整える。
そして、準備ができたら、踏み出す。
③:失敗を恐れるな
失敗しても、死にません。
やり直せます。
失敗から学べます。
でも、挑戦しなかったら、何も得られません。
④:後悔しない選択を
10年後、20年後の自分に聞いてください。
「この選択で、後悔しないか?」
もし答えが「Yes」なら、その道を進んでください。
⑤:一歩を踏み出す勇気
最も大切なこと。
それは、一歩を踏み出す勇気です。
考えているだけでは、何も変わりません。
行動しなければ、現状は変わりません。
今日、一歩を踏み出してください。
私の経験が、あなたの背中を押せたら
私の30年間のキャリア、三度の転職の経験が、
あなたの背中を少しでも押せたら。
あなたが後悔のない選択をする助けになれたら。
これほど嬉しいことはありません。
共に、前へ
私も、まだ挑戦を続けています。
52歳、まだまだこれからです。
あなたも、
年齢に関係なく、
立場に関係なく、
環境に関係なく、
挑戦し続けてください。
共に、前へ進みましょう。
次回、最終回は、「30年間のキャリアで学んだ『本当に大切なこと』」として、このシリーズを締めくくります。
大手企業、零細企業、外資系企業、そして再び大手企業。
4つの異なる環境で学んだすべてを統合して、
私が到達した「仕事の本質」についてお話しします。
そして、これからのキャリアをどう描いているのか。
人生100年時代において、52歳からのキャリアをどう考えるか。
最後まで、お付き合いいただければ幸いです。
それでは、また次回お会いしましょう。
あなたの挑戦を、心から応援しています。