憎悪の科学
マシュー・ウィリアムズ
中里京子 訳
河出書房新社
副題に「偏見が暴力に変わるとき」とあります。
原題は
SCIENCE of HATE
How prejudice becomes hate and what we can do to stop it
どのようにして、偏見が憎悪(ヘイト)になってゆくのか?
そして、それを止めるために私たちができることは何か、ということを書いた本なのですね。
大事ですね。憎悪の中には、身体への暴力はもちろん、言葉の暴力、嫌がらせ、誹謗中傷などの行為、およびネットや組織がこれらの行動を誘導する場合も含みます。
著者は、自身が若い頃にヘイトクライムの被害者となった経験を持ちます。著者はゲイであり、ゲイに偏見を持つ男から暴行を受けたのです。この経験が著者をヘイトクライムの研究に向かわせました。
著者の一生を決定づけた経験。私はこの本を読んで改めてわかったことがありました。暴行の被害を受けると言うのは、それだけでも大変なことです。ところが、ヘイトクライムの被害者にとっては単に暴行を受けたということだけに留まらないのです。それは、同時に被害者のアイデンティティへの攻撃である、ということです。著者はゲイというアイデンティティを持っていたわけで、アイデンティティは、言わば自分の本質のような物であるわけで、それが攻撃され、否定されるということは、深刻な傷を残すわけです。体が治っても、一生治らないような。
LGBTQも性も民族も宗教も人種も…。
国も。
著者はこれらのヘイトの背景には怖れがあると言います。例えば移民に対して、職業や利益を奪われる、というような。
そして、人間には本来、そういう恐怖を感じた時に怒りや攻撃を発現する働きも備わっているのだそうです。扁桃体がその働きを担うのだそうです。それをコントロールする働きもあってそれは前頭前野なのだそうです。偏見には島皮質も関わるとのこと。
人間には前頭前野によるコントロールが弱い人と強い人がいるのでしょうか?
どちらにしろ、ヘイトクライムやそれにつながる状況が日々起きていることは確かです。
興味深い実験がありました。野外での実験です。
少年を二つのグループに分け、憎悪を抱かせるように仕向けます。確か、ゲームをさせるのですが、一方のグループにだけ有利な判定をし、商品を与えるということだったと思います。二つのグループに暴力が起こりそうになったところで、科学者が一旦グループを離します。
次には二つにグループに共通の目的を持たせます。水がない、ということだったと思います。憎み合っていた二つのグループは、協力して水を手に入れ憎悪を乗り越えた、という実験です。
この本400ページ近い大部の本で、実に色々な実例が書かれているのですが、それは書き切れません。著者は最後に「私たちに何ができるのか」ということについて、7つの提案をしています。
1.扁桃体は身の安全を守るために脅威に対する非常警報を進化させてきた。ヘイトに関しては、それが誤報であると認識すること。
2.異なる他者に対する自分の予断を疑うこと。
3.自分と異なる人と接触する接触する機会を避けないこと。
4.「他者」の立場に立って考える時間を持つこと。
5.分断を招く出来事に惑わされないこと。
6.ネットによるフィルターバブルを破壊すること。
7.私たち全員が憎悪行為の第一対応者になること。
P 359 憎悪をなくすための七つのステップ
からの引用ですが、全くのそのままではなく言葉を補ったりしています。
「異なる他者」や「異なる人」は、自分とは違うグループの人、と捉えると分かりやすいかな。
7の第一対応者になるのは難しいですねー。勇気がいりますね。でも、覚えておきたいと思います。
分厚い上に読むのが辛い所もありますが、とても良い本です。