鉄道歳時記

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週末鉄の撮って出しブログ

5月2日 土曜日

胆振線廃線跡探訪の第3部です。

御園駅を出た胆振線の路盤は農地化され消えている所も多くなっていますが、南沢川には短い Iビーム橋が残されていました。

7-①南沢川橋梁

北鈴川までの間には農地の中に部分的に草の生えた路盤が残っていて、かつて鉄路が敷かれたいた痕跡はあるものの、知らなければただの草地にしか思えないでしょう。

北鈴川の先でオロエンシリベツ川を渡るものの、川の真ん中に橋脚の基礎らしきもののがあるだけで、橋台などは残っていません。この日は前日まで降った雨のせいか増水しておりその基礎すら見つける事はできませんでした。国道276号線と交差していた手前あたりに路盤が残ているのが分かります。

喜茂別のまでの間には農地の中に路盤と分かる場所があったり盛土が続いていたりしますが、横目に見ながら車を進めました。喜茂別駅の跡は住宅となっていてなんの痕跡もありません。

喜茂別から先は路盤跡は道路の歩道になったり、国道が拡幅された際に飲み込まれたりでほとんど痕跡がありません。

留産駅も痕跡は残っていません。

南京極駅手前で用水路を渡る小さな橋梁の橋台が残っています。複線分の橋台があるので、かつては側線がここまで伸びていたのでしょう。

11-① 留産-南京極間

 胆振線廃線跡探訪の第3部は以上です。

(地図はすべて国土地理院 地理院地図の航空写真と同標準地図を合成・加筆)

5月2日 土曜日

胆振線廃線跡探訪の第2部です。

おろえんトンネルを後にし、今度は尾路園架道橋までやって来ました。ここは何度が訪れているものの、新大滝方に落石覆いが残っている事を知らなかったため再訪しました。

架道橋の脇から築堤の上に登るとすぐ目の前に鉄骨で組まれた落石覆いが見えました。

道床には木が生え、廃線から40年の月日を感じます。

落石覆いの中を歩き反対側へやって来ました。中にも土砂が流入していました。

5-① 落石覆い 新大滝-御園間

尾路園架道橋を上から眺めます。このまま真っすぐ進むとオロウエンシリベツ川に架かっていた第2尾路園川橋梁の橋台が残っているので、下に降りるのも面倒なので渡ってみようかとも思いましたが、万が一の事もあるので築堤から降りて向かう事にしました。

5-②尾路園架道橋 新大滝-御園(下2枚は2025年10月10日撮影)

第2尾路園川橋梁へは再度築堤を登り先端まで行ってみたものの、木に阻まれ対岸の橋台が良く見えなかったため、下に降りて

川岸まで行き撮影しました。

5-③第2尾路園川橋梁 新大滝方橋台

5-③第2尾路園川橋梁 御園方橋台

新大滝方の橋台には銘板が残っていたので、望遠レンズでなんとか撮影しました。

昭和51年(1976年)2月7日着手で同年3月30日にしゅん功となっていました。たった2ヶ月で出来てしまうものとちょっと??です。廃線が昭和61年なのでたった10年しか使用されなかった橋台となります。

さらに先には金山の川に架かっていた金山の沢橋梁の鉄橋がありました。新大滝方の橋台が倒壊したため桁も川の中に落ちてしまっています。

5-④ 金山の沢橋梁

この先で再びオロエンシリベツ川を第1尾路園川橋梁で渡っていましたが、築堤の痕跡はあるものの橋は残っていません。

続いては御園駅の跡地へやって来ました。

夏場はイタドリの群生に阻まれ容易には近付けそうになかったのですが、雪解け後のこの時期にはそばまで行くことができました。貨物ホーム跡にはイタドリが大量に生えていたようで枯れて折れ曲がったイタドリでホームの側面が良く見えない状態だったため、少し手や足で避けて撮影しました。

6-① 御園駅 貨物ホーム

6-①御園駅 上りホーム

御園駅から少し走ったところで夏場であれば恐らく見落としたであろう小川に架かる小さなコンクリート橋を見つけました。

珍しい意匠の橋で桁の下にコンクリート製の箱型の管が設置されていました。

6-② 小川に架かる小さな橋梁

胆振線廃線跡探訪の第2部は以上です。

(地図はすべて国土地理院 地理院地図の航空写真と同標準地図を合成・加筆)

5月2日 土曜日

久しぶりのブログアップです。

この日は新大滝以北の胆振線廃線跡を辿って来ました。

まずは、新大滝と御園の間にあるコンクリート造の落石覆いへ向かいました。

国道から脇道に入り落石覆いのあるであろう場所へ向かいましたが、ほぼ道路と同じレベルにあるかと思っていたところ、少し上にある事が途中で分かり、砂防ダムの脇の道なき道をひたすら登る羽目になりました。

登り切った先には落石覆いのトンネルが口を開けて待っていました。

その脇を歩いて行くと御園方の入口にも行けました。その先の路盤は笹や樹木に覆われクマが出て来そうな雰囲気だったので早々に引き上げました。

0-② 落石覆い 新大滝方 新大滝-御園

御園側はすぐ脇が崖でした。山肌を削り路盤を敷いたのでしょうか。帰りはトンネルの中を歩いて反対側へ向かいました。待避坑がたくさん並んでいます。

0-② 落石覆い 御園方 新大滝-御園

新大滝側へ路盤跡を歩いて行くと落石止の擁壁が続いていました。

0-① 落石止めの擁壁

0-① 落石止めの擁壁と落石覆い

そのまま路盤跡を歩いて行くと道に出て、国道脇まで出る事が出来ました。向かう際の崖登りは無駄でした。

さて、続いては尾路遠トンネルを目指しました。

国道から林道を進むとおろえんトンネルに辿り着くことは地図を見て分かっていたのですが、砂利道なのと倒木がある可能性があるので、坑口に最も近いであろう場所から谷を下って行くことにしました。

坑口に近いであろう場所に車を停める事が出来るスペースを見つけたのでそこに車を停めて、下を覗くとなかなかの急斜面です。

一度は諦めかけたものの、せっかくなので行けるところまで行ってみようと斜面を下りて行くと、おろえんトンネルの坑口のスノーシェッドが見えて来ました。

一度は上の写真を撮っただけでお終いにしようかと思ったのですが、トンネルの坑口まで行ってみようとさらに斜面を下りようやく路盤まで下りる事ができました。路盤は川の様な状態になっているのとクマが怖いので少し遠くから望遠で写真だけ撮り、早々に国道まで戻る事にしましした。なかなかの急斜面で垂直に登るのは容易ではないのでジグザクに登りましたが、それでもかなりきつかったです。

1-① おろえんトンネル 新大滝方坑口

御園方の坑口にも行きたかったのですが、国道からのアプローチは難しそうなのと林道から行くにしてもかなりの距離があるので断念しました。坑口とその先には尾路園沢川橋梁(2-①)の跡が見れるはずなので、いつか行ってみたいものです。

この先にも擁壁や落石止めが残っていたり小川を渡るコンクリートの橋があったりするようですが、無茶は禁物なので車で次の目的に向かいました。

地図はすべて国土地理院 地理院地図の航空写真と同標準地図を合成、加筆

胆振線廃線跡探訪第1部は以上です。