SOHO 翻訳家 の ひとりごち -6ページ目

SOHO 翻訳家 の ひとりごち

翻訳家になりたいと思ったことも、
翻訳家になろうと思ったことも、一度もないのに…  

ふと気づけば、翻訳でしか稼げないようになっていた...


H28.5.29

奇跡的回復力を見せたルナ、5月16日から抗癌剤の投与を再開した。
調子がよければ、外に出て、そのままいつまでも散歩をしていたがるが、家の中では寝て過ごす時間が増えていった。
微量の滲み出すような鼻出血も断続的に続いており、様子見の状況が続くことに変わりはなかった。
H28.6.19
そんなある日。いつものお気に入りの川原でアメンボウ捜しに明け暮れているときのこと。
あまり夢中になって川からあがろうとしないため、私一人、先に帰る素振りを見せた。
いつもなら、おいて行かれるかもと気付くと、すぐに後を追いかけてくるはずのルナ。
ところがその日は、いつまでたっても川沿いの遊歩道にあがってくる気配はない。
しばし立ち止まって、ルナがやってくるのを待っていたが、彼女の姿が見えるかわりに、悲鳴が響いた。
 クォーン、クォーン…

あわてて踵をかえし、土手を転がり落ちそうになりながら駆け下りて、ルナの元に駆けつけると、ルナ、なんと川底の泥に足をとられ身動きがとれなくなっていた。
ふだんは、おなかがギリギリで濡れるかどうかの水深しかないところだ。
それなのにその日のルナは、かろうじて首から上だけ水面から出した状態で、せいいっぱいの悲鳴を張り上げていた。
なりふりかまわず歩み寄り、ありったけの力を振り絞り、ルナを川から、泥沼から、引きずりあげた。

H28.6.29

6月に入ってからも、体調は一進一退。
特に中旬からは、鼻出血の量・回数ともに増えてきた。

次回の精密検査は7月21日、一箇月以上も先の話だ。
その前に、四週間分ずつしか処方してもらっていない抗癌剤が切れるため、病院まで取りに行くか、それとも郵便で自宅まで送ってもらわなければならない。
病院に取りに行くついでに診てもらった方がよいのでは、という気がした。

とはいえ、鼻出血の原因は鼻腔内腫瘍だとわかっている。
大学病院に連れて行って、先倒しでCT検査を受けたとしても、今、鼻腔内のどこに、どの程度腫瘍が広がっているか、詳しいことがわかるだけだ。

いずれにせよ、鼻出血を止めるには、外科手術以外に手はないと言われている。
それに、脳に近い方の部位だと、前回の手術で頭骨にあけた穴では届かず、新たに別の箇所を切開する必要がある、さらに腫瘍が脳近辺に広がっている場合は、手術自体が不可能だと、すでに言われている。 

かといって、この先ずっと鮮血の鼻出血が続くとなると、家の中を自由に歩き回らせるわけにはいかなくなるだろうし....
人間のように、鼻の穴に綿でも詰めて止血できればよいのだけれど...

ギリギリまで判断に悩んでいた。
症状はまさに一進一退。
鼻血が数日続いたかと思ったら、その後の数日は完全におさまってくれる、といった具合に。
結局、検査は見送り、抗癌剤だけもらってくることにした。

だが、まるで綱渡りのような毎日は、その後も続いた。
そして着実に、これまでのような滲み出るような鼻出血に、鮮血が混じる頻度が増えていった。

それ以外にも、後足の関節にそれとわかるほどの腫れが認められるようになっていた。

長男の帰京と入れ替わりに、長女が再びルナと最後の時間を過ごすためにやってきた。
久し振りに会った長女の見立てによると、ルナは特に左足の運び方がおかしく、軽くびっこもひいているという。
ふだんからずっと一緒にいる私は、情けないことに、関節の異常にまったく気づかなかった。


H28.6.27

6月下旬、泊まりの来客があった。ルナも良く知っている長年の親友だ。
ルナも一緒に空港まで出迎え、観光地をめぐった。
その道中、ルナは一回、吐き戻した。鮮血の鼻出血も繰り返した。
H28.6.28

H.28.6.28

親友の帰京後、7月1日、ついに大学病院に電話、最速の日程をお願いし、週明けの月曜7月4日の朝一番で検査を受けることになった。

二か月半ぶりの病院だ。ルナは、受付を済ませると、いつものように診察室前の待合室に自分から進んで歩いていった。呼び出しがかかり、診察室に入っていた。それまでのルナの症状を医師に説明した。
この日は初めて、ルナを診察室に残し、私たちが最初に診察室を後にした。

いつものように、検査が終了しルナが麻酔からさめたら私の携帯に連絡をくれるとのことで、大学病院をあとにした。

午後1時過ぎ、電話が入り、病院にルナを迎えにいった。

呼ばれて入った診察室には、ルナの担当医が二人いた。
しかしルナの姿はそこにはなかった。

いつものようにCT画像の説明から始まった。
そしていつものように医師からの事務的なモノトーンの口調が響いた。

H28.7.4.CT1


・残念ながら、再発している。
・前回の検査から、ここまで一気に増殖した。
・左鼻腔内にも浸潤している。
・脳にも転移している。硬膜がすでになくなっている。
・脳のまわりには、手のつけようがないため、現在の症状は外科手術の適用外となる。
・現在服用中の抗癌剤も、もう効果はなく、これ以上の投与は不要である。

要するに、万策尽きて、医師からも見放された、というわけだ。

今後の方針として、

・抗癌剤の種類を変えるという選択肢もあるが、効果は期待できない
・対症療法が中心となる。

今後たどる経過として、

・腺癌組織が脳に転移しているため、脳圧の上昇に伴う痙攣発作がいつ起きてもおかしくない状況にある。
・痙攣の発作にはかなりの個体差があり、1分半くらいから長い子で15分も続く場合がある。
・発作時、本人は意識がないため、苦しむことはない。
・ただ、見ている飼い主の方があわてふためき、かなり動揺する。
・発作中、泡を吹く子もいれば、舌で気道が閉塞され、そのまま絶命する子もいる。
 かといって発作時に口に手をいれると、噛みつかれて逆に危険。
・発作がおさまると、再びピンピン元に戻る子もいる。
・とはいえ、発作はその後も繰り返され、回数が増え、間隔は短くなっていく。
・発作時に、発作を鎮める座薬がある。
・よく注意してみると、発作の前兆となる変化に気づけるかもしれない。
・発作が起きた場合、理想的にはそのまま獣医のもとに運び込むこと、
 このため24時間対応の動物病院と連絡をとった方がよいかもしれない。
・発作が起きなくても、鼻出血は続き、いずれ貧血を起こす。
・左鼻腔の完全閉塞も時間の問題、そうなると鼻呼吸はできなくなる。
・また、発作以外にも、腫瘍細胞の脳内への浸蝕により、飼い主がわからなくなったり、攻撃的になったりと、性格が一変する子もいる。
・今のルナは食欲もあり、足腰もしっかりしており、散歩にも行きたがり、今の時点での安楽死はもちろん勧められない。
・獣医によっては安楽死を拒否するところもあるため、事前の打ち合わせが必要である。
・いずれにせよ、安楽死のタイミングを見計らう必要がでてくるだろう。

積極的な癌治療をすべて打ち切るかわりに、緩和ケアに移行し、脳の炎症の広がりを抑えるステロイド剤と止血剤を二週間分処方された。

余命は、個体差が大きいため、何ともいえないが、一箇月。長くて二箇月と宣告された。

思えば昨年9月の初診時に、何も治療をしなければ余命二箇月、放射線治療により一年の延命効果が期待できる、という話だったが、なんだかその通りになってきた。

大学病院での治療は今日でもう最後ですか、と尋ねたら、いえ、そんなことはない、何かあれば、これからもいつでもどうぞ、とのことだった。
ただ、残念ながら、大学病院は24時間対応ではない上に、自宅から片道2時間の遠距離だ。

話をしながら、また隣町の係りつけの獣医に連絡して、今後の対応について相談した方がよいと思った。

ひととおり話がおわり、ルナを引き取るかどうか、尋ねられた。
検査時に、かなりの鼻出血を起こし、麻酔からさめた後も出血が止まらない状況だという。
だから、診察室にルナの姿はなかったのだ。

車の中の、ルナの席の鼻血対策は万全だ。
そのままルナを連れて帰りたいと申し出た。

そのときになり、今朝ルナを預けたときに医師に尋ねていた、後脚の関節の問題について思いだし、尋ねてみた。
医師の方も、そちらの方はすっかり失念していて、この後、ルナを引き渡す前に診てくれることになった。


しばらくして医師に連れられて待合室にあらわれたルナ、いつもよりも尻尾マンブリで、全身で再開の喜びをあらわした。
だがそれと同時に、辺り一面、床には鮮血が飛び散った。

ルナを抱きしめ、出血する鼻をティッシュで優しく抑えながら、医師の説明を聞いた。
後脚の関節ではなく、左足の股関節に異常があるという。

なにか、もっと詳しい説明を聞かされた気がするが、それ以上のことは、全く覚えていない。
股関節に異常があるとはいえ、散歩は今後も継続してくれと言われたことだけ覚えているる。

拭っても、拭っても、涙が両目から溢れ続けた。
帰路でも泣き続け、帰宅後にも涙は枯れず、翌日まで泣き明かした。