【なぜ、ぼくらは発信するのか】
今回の話は、抽象的で答えもなく、
ちょっと個人的思想が強めなので、
お時間無い方はスルーしてください。
~ だれでも「発信」できるSNS時代。~
「自分がやっていることは正しいことだ。」
少なからずとも、その自己肯定感をもっていないと発信って、できないと思います。
声をあげる。発信する。
目には見えないけれど、相手に「何か」を投げるわけですよね。
「何か」というのは、
形・実態はないわけだから、
人によっては、頭をなでなでしてもらっている的なものかもしれないし、
同じ言葉でも、時と場合と人によっては、パンチされている的なものになるかもしれない。
正しいなんて人それぞれ。
じゃあ、常に中立で様々な立場を想像して発信したい。
そうするのが大人というものなんだと思います。
そう大人的発言をしていたとしても、人によっては違う捉え方をするかもしれない。
そして、傷つき、傷つけられて、自分の守りたい人までも傷つけられるかもしれない。
そう、考えるとふと怖く感じた今日の午前2時すぎ。
・ダルビッシュ有さんが著名人に誹謗中傷をバッタの大群に例えている写真を載せたTwitterをみたり、
https://twitter.com/faridyu/status/1264341238557274112?s=20
・最近、よく聞いているVoicyのワーママはるさんに寄せられているコメントから気付いたり、
(それをかげながら、ちらっと感じたことをnoteに綴りました。
https://note.com/eguchishun/n/ndb1293c015d0
・キンコン西野さんのVoicyもよく聞きます。批判からの返しの切れ味が最高です!
https://voicy.jp/channel/941/84166
そうやって、最近はSNSの炎上による話題が目にとまるので、なんだか考えさせられました。
「黙っていることは許されない。」
「それでも、だけど、なぜ、世間に一石を投じなければならないのか。」
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実は私自身、正義と言う名の剣をぶんぶん振り回しては、誰振りかまわず、自分さえも傷つけていたこともあります。
オフラインでもあります。
とくに、リハビリの仕事をしているとあったりします。
「治したい!」
そういう熱血漢あふれる私でした。いや、今もか。
でも、「治りたくない。」という患者様って、実は一定数いたりします。
(向上心あふれている方は信じられないかもしれないけれど、事実です。)
その患者様自身も無意識レベルで「治りたくない。」と思っています。
そんな方に「治れ!」的な発言や施術をしようものなら、モノの見事に反発をくらいます。
それは時には、患者様の態度でなくて、身体からの信号だったり・・・。
だから、過去の失敗から学び。
今は、そういう時は察して、ただそこに寄り添う施術をします。
(これが結構、神経使います。←グチ?)
・
オフラインでもいっぱい距離感間違えてしまうことってあるのに、オンラインなら尚更ですよね。
もっている正義感と責任感で、時には人を傷つけてしまう危険性を、今の時代は匿名というマントで、うまーくぼやかして扱えてしまいます。
(侍のイメージでは、「お主!名を名乗れ!」と戦うのがスジなのに。)
私自身、オフラインなら決してしないヒドイことを、オンラインになった途端に、距離感を見誤って、身近な人も、見知らぬ人も含めて、大なり小なり傷つけているかもしれないし、実際に傷つけてしまったな。
と、思い当たることがあります。
(その通りだよ、と思われている方、すみませんでした!)
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「発信すること」
これって、何かと似ているな・・・。と、
最近学んだ事とリンクしたことがあるので、お話しします。
最近、学んだのは「投資」をするということ。
よくインプットさせていただく場は、最近はキンコン西野さんのオンラインサロンからです。
そこでは、「投資」とは何か。を分かりやすく説明してくれています。
片鱗をVoicyでも話していたと思うので、無料で知りたい方はソチラヘ。
→ https://voicy.jp/channel/941/84066
何が似ているかと言うと、
1. 使い方を間違えると、周りや自分を傷つけてしまうこと。
2. 使わなければ腐ったりして生きていけなくなること。
3. 1人以上で共有して価値が増えるもの。
1~3.それって、よく聞くのは「時間」と「お金」の話。
だから、子どもたちには形を変え、場を変え、言い方を変え、
今は分からなくても、いつか気付いてくれればなという伝え方を意識しています。
実は「発信」というのも、それに当てはまるものだったんだと、気づきました。
1. 言い方を間違えると、誹謗中傷や暴力になる。
2. 人は一人じゃ生きていけない。黙っているという行為自体も、発信になってしまう。何かしら一石を投じなければならない。
3. 言葉は交わすことによって価値が生まれる。
そうなんです。
「お金」で例えるなら、使わないように貯金しては価値が減るか、腐るように。
「お金」が汚いのではなくて、ツールとして「使い方」を上手になっていくしかないんだと。
それがいわゆる「投資」
「発信」も同じなんだなと思いました。
使い方を学ばなければならないし、使っていかなくては学べない。
だから、相手をもしかして傷つけてしまう。自分が傷ついてしまうと。
怖くなっても、発信し続けなければならないのか。と知りました。
・
それに何年も前から気付いて「発信」「言葉」をお金的役割に変えているのが、
キンコン西野さんの発明した“レターポット”
「言葉」を限りがあるように仕組みつくったんですよね。
(ほんと、天才か?!それともめちゃ考える暇人?いや、まぎれもなく天才ですよね!!)
ということで、みなさんも「発信」は、
私たちが生きる上で大切にしている、「時間」と「お金」と同類物なんだよー。
ということを知りつつ、楽しい世界をつくっていきましょう♪
さいごまでお読みいただきありがとうございました。
また、お会いしましょう♪
