「天地人」を読んだ。約800ページの長編であった。
図書館で借りた本で、次が控えていて期限内に読んで返さなければならないという条件がついていた。
頑張って読んだ。無事、前日に読み終えて満足している。
内容はまあまあというところであった。
文中に出てきた気に入ったところを中心に書き出し、まとめとする。
直江兼読 1560~1619 死亡59歳 身長180cm程 切れすぎるほどの知恵と、人への視線のあたたかさ。
前向きに進めば、人の魅力はついてくる。働き盛りの男の色気、人を魅きつける愛嬌。
上杉景勝 1555~1623 死亡68歳
上杉謙信 死亡49歳
石田三成 1560~
織田信長 1534~1582 秀吉より2歳、家康より8歳年上
豊臣秀吉 1536~1598 兼読より24歳年上 抜け目がない 気配り
徳川家康 1542~1616 兼読より18歳年上 腹芸
直江兼読
「武が単なる暴であってはならない。民を戦によって苦しめることは避けるべきだ。やむなく行うときも民の安寧を守るということを第一に考えにばならない。いかなるときも、民への仁愛の心を忘れてはならぬ。人を慈しみ、思いやり、広い愛を持って国を治める。それこそが己自身の義ではないか・・・」
「人はときに利を超えた志のために動くことがある」「それが義」利を離れ、志に向かって突き進んだとき、人は初めて真に生きたと実感できるのではないか。
「利なくしては、義もまたなし。」利は手段、目的は義
「人と人の付き合いは最初が肝心。出会いがしらに気を飲まれてしまっては、その後も一生、相手に頭が上がらなくなる。」長鑓隊を要所要所に配置
「人と人との関係は、信頼によって成り立っている。口にした言葉に実行力がともなわぬ相手とは、本気で付き合うことはできない。」
「新鮮な知識、価値観、良いも悪いも含めたいっさいがっさいが一気に渦を巻いて烈しく流れている。いままでと同じ地平にとどまっていては流れに呑み込まれてしまう。上杉家自体が変わっていかねばならない。そのためには自分自身が変わらなければならない。」
「人は理と情の間で生きている。右の手と左の手、ちょうどその真ん中にこそ真実がある。その真実をすくいとるのが政事」
「政事というのは、いかに敵をつくらず、自分に好意的な者をどれだけ増やしていくかではないか」
「この世は、人の集団で成り立っている。人それぞれ顔かたち、体つきも違えば、ものの考え方も違う。その十人十色の人の心を、完全に一つにまとめることは不可能に近い。である以上、上に立つ者は様々な意見の中間に立ち、折り合いをつけながら、最終的に集団を正しい方向へ導いていくべきだ」
「物事の真実は常に中庸にありだ、亡き太閤殿下のなされようを思い出してみよ。殿下はたとえ仇敵であっても、心を開いて相手を自分の懐の内に取り込み、その力を己が力とした。いたずらに敵をつくる貴殿のやり方は、自分の為にならぬ。」三成に行った言葉。限られた人としか心を通わすことができず、自分の能力を過信しすぎた三成が歴史を決めたと言えるだろう。
「いかなる危急のときでも、目下の者へ気配りをする心の余裕を持つ。それが将たる者の心得である。」
「外交の交渉とは、硬軟使い分けてはじめて大きな成果を引き出せる。」
「55歳、かなう夢とかなわぬ夢があることを、嫌というほど思い知らされる年齢」
上杉謙信
「運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にある。何時も敵を掌中に入れて合戦すべし、疵つくことなし。死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり。家を出ずるより帰らじと思えば、また帰る。帰ると思えば、これまた帰らぬものなり。不定とのみ思うに違わずといえど、武士たる道は不定と思うべからず。必ず一定と思うべし」→「人の世とは、そういうものかもしれぬ。何かを欲しいと強く執着しているときは、反って手に入らない。逆にすべてを打ち捨てて無欲になったとき、天は人に味方する」
真田家格言
「人は利に誘われれば、忠義の心も、死の危険も忘れる。人間の心は弱い。目の前に甘いエサをぶら下げられれば、最初は拒否していても、やがては我慢しきれずに食らいついていく。剥き出しの欲望の前では、いっさいのきれいごとは通用しない。「それが人だ」」
徳川家康
「旨い酒を前にしたとき、盃を取る手がより慎重になる。」→「旨い酒を飲むには、それだけの周到な用意がいるということよ」
戦国時代は商人はもとより、武将、僧侶に至るまで、こぞって利を追い求める風潮が満ち満ちていた時代。欲しいものを手に入れるためなら裏切り、謀略、人殺しといかなる手段を用いることもいとわない。自分が上を目指し、利益を得るという目的の前では、親兄弟、妻や子さえも平然と利用した。非情に徹する者だけが、生き残ることができる。それが乱世のならいだと誰もが信じて疑わない時代であった。
そんな戦国時代に直江兼読は師、上杉謙信より「義」の心を受け継ぎ、「己の義」を見つけ、そしてけん命に生きた。最終的には上杉家を存続させることに力を注いだ。
私も「私の義」を、それは「家族を守り、大切な人を大切にし、社会人(仕事人)として社会に貢献すること」を行って行きたいと思います。