喪の途中
今日は3月11日
東日本大震災から15年。
当時29歳だった姉は今、生きていたら44歳。
産まれるはずだった甥っ子か姪っ子は14歳。
何かが少し違えば二人とも全く異なる人生があったんだろうなぁと思うと胸が苦しくなる。
何年か前に両親が特集されたテレビのドキュメンタリー番組が『喪の途中』というタイトルだった。
喪の途中
そうなんだよな。
おそらく一生、僕らは喪の途中
哀しみとの付き合い方はうまくなっても
哀しみが完全に癒えることなどないんだ
けど、それが彼女が生きた証
『哀しい』って思う気持ちが消えないってことはそれだけ僕らが彼女のことを大切に思っていたからなんだよな
だから僕は生きるよ、お姉ちゃん
哀しいし悔しいし
しんどいけど
だけど生きるよ
あなたの分までなんて綺麗事ごと、
とてもじゃないけど言えないけど
だけど生きるよ、お姉ちゃん
いつかあなたに『生ききったよ』って最後に胸を張って報告できるその日まで
2026年 3月11日 弟より
8年位前の両親がインタビュー受けた記事↓
https://www.sankei.com/article/20180311-VABKBXPWYNJVBPAT2C4P3GL26M/
