判例タイムズ1541号で紹介された裁判例です(東京高裁令和7年2月5日判決)。

 

 

本件は、土留改修工事により地盤沈下が発生したとしてなされた損害賠償請求事件ですが、地盤沈下が発生したのが工事から長期間経過した後でした。

 

 

請求された側は、民法724条2号の消滅時効を主張しました。この規定は、改正前は除斥期間とされ、信義則や権利濫用の適用の余地はないとされていましたが、優生保護法事件によって適用につき一定の余地が認められたものの、それでも除斥期間の適用を排除することは基本的に難しいことに変わりはないといえます。

 

 

民法
(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第724条
 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。

 

この点、改正法付則では、法律施行前に除斥期間が経過していた場合には、従前の例によるとされていますので、反対解釈により、期間経過後が改正法施行後であれば、改正法の適用があることになります。

 

 

判決では、次のとおり指摘して、本件は改正付則の適用はなく、改正後の民法 724 条 2 号の規定が適用されるものとしています。

「被控訴人は、民法 724 条 2 号の消滅時効を主張するところ、被控訴人の主張する起算点は平成15 年 3 月 19 日であり、平成 29 年法律第 44 号の施行日である令和 2 年 4 月 1 日時点で 20 年を経過していない(なお、控訴人の主張する起算点は平成 15 年 3 月 27 日以降であって、同様に令和 2年 4 月 1 日時点で 20 年を経過していない。)。
したがって、被控訴人の主張する消滅時効については、同法附則 35 条 1 項の経過措置規定の適用はなく、同法による改正後の民法 724 条 2 号の規定が適用される。」

 

(不法行為等に関する経過措置)
改正民法附則第35条
 旧法第七百二十四条後段(旧法第九百三十四条第三項(旧法第九百三十六条第三項、第九百四十七条第三項、第九百五十条第二項及び第九百五十七条第二項において準用する場合を含む。)において準用する場合を含む。)に規定する期間がこの法律の施行の際既に経過していた場合におけるその期間の制限については、なお従前の例による。

 

民法改正 不法行為請求権の消滅時効 | 弁護士江木大輔のブログ

 

 

そうすると、改正法の適用によることになりますが、請求側は、筑豊じん肺訴訟の最高裁判決(最高裁平成16年4月27日判決)の判示を援用しました。

筑豊じん肺訴訟判決は、改正前民法 724 条後段所定の除斥期間に関するものですが、「〔改正前〕民法 724 条後段所定の除斥期間の起算点は、『不法行為ノ時』と規定されており、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点となると考えられる。しかし、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである。」と判示しています。

 

 

本件において、工事がされてから長期間経過して初めて地盤沈下という損害が発生したのだから、同判決の趣旨が当てはまらないかが問題となりました。

 

 

判決は、次のとおり述べてこれを肯定しています。

・そこで検討するに、筑豊じん肺訴訟上告審判決の上記判断は、改正前民法 724 条後段所定の除斥期間に関するものであるが、その理由として、①このような場合に損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷である、②加害者としても、自己の行為により生じ得る損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に被害者が現れて、損害賠償の請求を受けることを予期すべきである旨を挙げている。
・これらの理由は現行の民法 724 条 2 号の場合にも妥当するのであって、筑豊じん肺訴訟上告審判決の上記判断は、同号所定の消滅時効の起算点を判断する際にも適用されるものと解される。

・ところで、被控訴人は、筑豊じん肺訴訟上告審判決の上記判断は人身損害に関するものであり、本件は人身損害に関する事案ではないから、同判決の判断は適用されない旨主張する。
・しかしながら、確かに筑豊じん肺訴訟上告審判決は「身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害」や「一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害」を挙げているものの、これに続けて「...のように」と判示していることからすると、これらは飽くまでも例示であって、結論としては「当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合」には当該損害の全部又は一部が発生した時をもって除斥期間の起算点とする旨判断しているものである。
・また、同判決がその理由として挙げている上記イ①及び②の各事情は、いずれも人身損害に限定されるものではなく、その他の損害賠償においても妥当し得るというべきである。
・したがって、筑豊じん肺訴訟上告審判決の上記判断については、人身損害以外の損害類型をその射程外とするものではないと解するのが相当であって、被控訴人の上記主張は採用することができない。
 

 

そして、本件について、「当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合」に該当するものとしています。

・これを本件についてみるに、控訴人の主張は、周辺土地の地盤改良をして新たな擁壁を設置するという本件工事について、①埋め戻しに際し、仕様書の記載よりも小粒の砕石が使用され、かつ十分な転圧がされていない、②本件建物の基礎部分の下部に打ち込むとされていた鋼管杭 8 本のうち、3 本が打ち込まれていない、③本件土地に降った雨水が新たな水路に流れ込まず、本件土地の地下に浸透し続けるという不備があり、これにより本件土地に地盤沈下が生じたというものである。
・このように、控訴人の主張は、本件土地の地盤沈下の発生をもって損害とした上、これは本件工事により直ちに発生したものではなく、小粒の砕石の使用、不十分な転圧、鋼管杭の一部の不設置、雨水の継続的な浸透などの諸事情が積み重なり、本件工事が終了してから相当の期間が経過した後に本件土地に地盤沈下が発生したとするものである(その上で、控訴人は、本件土地の地盤沈下を発見したのは令和 3 年 5 月 30 日頃である旨主張している。)。現に、被控訴人において、平成15 年 3 月 19 日に本件工事の完成検査を行い、同工事につき「合格」と決定していることからすると、本件工事の終了時点では本件土地の地盤沈下はまだ発生していなかったものと推認されるところであり、加害行為時とされる時点において損害は発生していなかったことになる。そのため、本件において地盤沈下という損害の発生を待たずに消滅時効の進行を認めることは、A ないし控訴人にとって著しく酷であるとともに、被控訴人としても、仮に業者に対する適切な指示及び監督等を怠った場合、地盤沈下という損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に被害者が現れることを予期すべきであるということができる。