判例タイムズ1541号で紹介された裁判例です(東京高裁令和7年3月25日判決)。
本件は、日本国の法人である控訴人が,クロアチア共和国の法人である被控訴人に対し,両者間で締結された製袋機械の売買契約に基づく代金の一部などが請求されたという事案で、日本の裁判所に裁判権(国際裁判管轄)があるのかが問題となり、第一審裁判所はこれを否定した訴えを却下しました。なお、引き渡された機械はクロアチアにあるが、契約不適合を理由ととして、被控訴人は控訴人に対しクロアチアの裁判所に対して損害賠償を請求し係属中でした。
本件契約 5 条では,(In the case when any disagree arises out of this contract Buyer and Seller shall discuss in good faith and resolve the issue. In case when it isn’t successful,it shall be settled Commeercial Court Osijek in Croatia.)と定めがあり、本件契約の当事者が本件契約について生じた問題をクロアチア共和国のオシエク商業裁判所において解決する旨を定めていたことからその解釈が問題となりました。
【判旨】
①同条には、裁判管轄を意味する「JURISDICTION」との見出しではなく、仲裁を意味する「ARBITRATION」との見出しが付されており、その本文の文言及び体裁も「jurisdiction」の所在を規定するものではなく、本件契約に基づく紛争に関して訴訟を提起する場合の国際裁判管轄を定めることを明確に示したものではないこと、
②同条には「exclusive」又は「exclusively」といった排他性を明示する文言は含まれておらず、また、一般的な渉外関係の法律の文献によれば、同条で用いられている助動詞「shall」の意味について、契約書などでは命令的に用いられることが多く、法的拘束力の程度が高いとされているものの、他方、許容的に「~できる」との意味で任意規定的に用いられる場合もあるとされていることからすると、仮に同条を国際裁判管轄の合意とみるとしても、文理解釈上当然に専属的な管轄について合意したものと理解することはできないこと、
③本件契約締結前の交渉段階では、同条に相当する部分については、実際の同条の見出しと同じく仲裁を意味する見出しの下、特定の国家に属する裁判所ではない国際的な仲裁機関における紛争解決が提案されていたものであり、本件契約締結当時、当該部分の条項について、本件契約から生じる紛争に係る訴訟の国際裁判管轄を特定の国家に属する裁判所に限定する趣旨で当事者が議論していた状況はうかがえないこと
④クロアチア共和国の国際民事訴訟法によれば、本件契約に関する事件について被控訴人が控訴人を被告とする訴訟提起をする場合、被告となる控訴人がクロアチア共和国に営業所を設けておらず、そのドミサイルが同国内に存しないことから、ブリュッセルI改正規則 4 条 1 項の適用はなく、日本国内の本店所在地に控訴人の居所があるものとしてクロアチア共和国の国際私法に関する法律 46 条 2 項後段によりブリュッセルI改正規則 7 条 1 項が適用され、物品の売買契約である本件契約における控訴人の物品の引渡債務の義務履行地は本件契約がCIF の貿易条件に従うものであることから本件各機械の船積みがされた横浜となるから、同地がある日本国の裁判所に国際裁判管轄があり、クロアチア共和国の裁判所には国際裁判管轄がないと解されることになる可能性が高く、ブリュッセルI改正規則 7 条によれば、特段の合意がない限り本件各機械の引渡場所が本件各機械の引渡債務の履行地にあたるところ、本件契約の契約書において、本件各機械の引渡場所でない場所を控訴人の本件各機械の引渡債務の履行地と定める旨の規定は見当たらない。
この点、被控訴人が指摘するように、本件契約の契約書には本件各機械の検収試験の場所を被控訴人の工場とする旨の条項があるものの、その文言をみても、これについて、検収試験の場所を定めることを超えて、CIF の貿易条件を修正して被控訴人の工場をもって控訴人の本件各機械の引渡債務の履行地と定めたものとまで認めるのは困難である。)、したがって、本件の被控訴人にとっては、それが他の国の裁判所の国際裁判管轄を排除する趣旨を含まないものであってもクロアチア共和国の裁判所の国際裁判管轄を合意すること自体に十分な意味があるのであり、すなわち、仮に本件契約 5 条を国際裁判管轄の合意とみるとしても、本件は当事者の合理的な意思解釈として専属的なものでなければ国際裁判管轄の合意をするはずがないといえる場合ではないこと、
⑤仮に本件契約 5 条が専属的な国際裁判管轄合意であるとすると、本件契約に係る権利の実現や紛争の解決に関して、控訴人が CIFの貿易条件により享受していた日本国における国際裁判管轄を喪失し、これに伴って一方的に著しい不利益を被ることになるが、控訴人がそのような不利益を甘受すべきこともやむを得ないといえるような本件契約の締結経緯に係る状況が見当たらないだけでなく、本件契約に係る契約書には準拠法の定めの記載すらないことから、その当時、当事者双方が本件契約の成立及び効力に係る紛争の解決の在り方の詳細を十分に意識した上で契約書の各条項を作成したものとはうかがわれないこと、以上の諸点に照らすと、本件契約 5条について、クロアチア共和国の裁判所に本件契約から生じる紛争に係る裁判の専属的な国際裁判管轄を定めたものと理解することはできず、これを、同条の見出しにある仲裁についての定めではなく、裁判の国際裁判管轄を定めたものと理解するとしても、クロアチア共和国の裁判所の国際裁判管轄を付加的に、あるいは確認的に定めた上で、同国内での管轄裁判所をオシエク商業裁判所と定めたにすぎないものと認めるのが相当である。
(民訴法 3 条の 9 により却下すべき場合にあたるか)
民事訴訟法
(特別の事情による訴えの却下)
第3条の9 裁判所は、訴えについて日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合(日本の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意に基づき訴えが提起された場合を除く。)においても、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部又は一部を却下することができる。
【判旨】
被控訴人は、本件の主たる争点は、本件機械 3が本件契約に定める性能を有しているかどうかであるところ、既にクロアチア共和国のオシエク裁判所の命令により証拠保全として本件各機械の検証手続が実施されていること、本件各機械及び上記手続に関与した者の多くがクロアチア共和国に所在していること、日本国での訴訟追行は被控訴人にとって過大な負担であることなどの事情を指摘して、本件訴えについては、民訴法 3 条の 9 所定の特別の事情があると主張する。
しかしながら、被控訴人が指摘する上記事情だけでなく、専属的な管轄合意とはいえないとしても本件契約 5 条ではオシエク商業裁判所における問題の解決が定められていること、被控訴人が控訴人に対して本件機械 3 の契約不適合を理由に提起した訴訟事件が現在オシエク商業裁判所に係属していることなどの事情を併せ考慮しても、本件機械 3 はその引渡しから長期間が経過しており、現時点で裁判の審理において本件機械 3 を検証する実質的な必要がどの程度あるのかは不明であること(また、上記の証拠保全に基づいて作成された報告書が存在しており、その限りにおいて更なる検証の必要性は乏しいといえる。)、被控訴人が提起したオシエク商業裁判所に係属している訴訟事件も、本件の訴状が被控訴人に到達してから約9 か月が経過した後に提起され、本件訴訟の係属に大きく後れたものであることから(なお、上記の証拠保全についても控訴人による本訴提起後に発令されたものである。)、当事者間の衡平や訴訟経済の観点から上記訴訟事件の存在を考慮すべき必要性は乏しいといえること、日本国での応訴が
被控訴人にとって負担であるとしても、同様に、控訴人においても、クロアチア共和国に事務所を有しておらず、日本国外の企業と日常的な取引をしているものでもないこと(弁論の全趣旨)から、クロアチア共和国での訴訟追行は相当の負担であるところ、その両者の負担について、被控訴人が日本国で訴訟を追行することによる負担の程度が、控訴人がクロアチア共和国で訴訟を追行することによる負担の程度を著しく上回るものとなるなど、被控訴人に日本国での訴訟追行を強いることが当事者間の衡平を害することになるとはうかがえないことを考慮すれば、本件訴えのうち請求 1、請求 2 及び請求 4 に係る部分について、民訴法 3 条の 9 所定の「日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」があるものとは認められない。
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