金融・商事判例1735号で紹介された裁判例です(東京高裁令和7年8月27日判決)。
民法93条は心裡留保と呼ばれる規定で、真意でない意思表示をしたとしても相手方がそのことを知っていたか知らなかったことにつき過失がない限りは効力を妨げられないという内容です。
令和2年施行の改正民法により、少し表現が改まったり善意の第三者に対する対抗不可といつた点(2項)が明文化されたりしました。
民法
第93条1項 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
本件は、金融機関により融資によって実際に経済的利益を受ける別会社に融資がされたという迂回融資の事案で、債権譲渡を受けた回収機構が金銭消費貸借契約書上借主とされた会社、連帯保証人に対し請求したところ、真実の借主は別であることを知ってなされた融資であり、民法93条但書(改正前民法)を根拠として請求の可否が争われました。
この点について民法93条但書(改正前民法)などを根拠として請求を認めなかった例としては次のような裁判例があります。
【東京高裁平成5年7月26日】
・金銭消費貸借契約の借主がいわゆる名義貸しによるものであり、貸主がこのことについて悪意である場合、一律に名義上の借主が契約上の責任を免れると解することは相当ではなく、その責任の有無については、名義貸しに至った貸主側、借主側双方の事情に照らし、当該契約において名義上の借主が経済的効果を享受しないにもかかわらず敢えて当事者として出現したことが法的効果を自己に帰属させる趣旨のものであったか否かを判断する必要がある。けだし、例えば、経済的実質的に融資を受ける者が十分な信用を有しない場合に、信用を有する者がいわば保証人的な意味で敢えて名義上の借主となって金銭消費貸借契約を締結する等名義上の借主固有の事情に着目して名義貸しがされる事例は多く見受けられるところ、このような事例において、名義上の借主が、経済的実質的に利益を受けていないこと及び貸主がこのことについて悪意であることを理由として、契約上の責任を免れることを認めることは、当事者の意思に反するものであり、ひいては、信用が十分でない者がこのような形式において融資を受けることを不可能ならしめるからである。
・これを本件についてみるに、前一に認定の事実によれば、貸主側においては、原告における本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約の最終的決裁権者は訴外K岡であり、訴外熊岡の悪意は原告の悪意として評価すべきところ、① 本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約において、被告らの名義が使用されたのは、専ら貸付限度額という原告の内部的制約を潜脱することに端を発するものであること、② 本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約は、訴外熊岡において、業績を挙げることによる自己の栄進や訴外S川からの謝礼を目的として、貸倒れもあり得るとの認識の下に、最終決裁を了した上で締結されたものであること、③ 本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約について被告らに責任を追及しない旨の訴外熊岡の意向が訴外G藤を通じて被告らに伝わっていること、④ 原告の査定担当者においては、被告らの資力(担保とすべき土地建物を除く。)について必ずしも重視せず、これについて十分な調査をしていなかったことの諸点が明らかであり、他方、借主側においては、被告らとS広商事又は訴外S川との間には被告らが保証人的立場に立つべき特別な関係は見当たらず、被告らは担保としての土地建物が存することを信頼して名義を貸したという経緯が認められるところである。そして、これらの事情にかんがみれば、本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約締結当時、貸主である原告において名義上の借主又は連帯保証人である被告らが返済することを真に期待していたとは評価し難く、また、借主又は連帯保証人である被告らにおいても(事実上の紛争発生の危険はともかく)真に返済することを想定していなかったものであるから、被告らの名義は、借主の信用その他被告ら固有の事情に基づき法的効果を帰属させるべく使用されたものというよりも、むしろ、原告内部の書類を整えるためにいわば訴外S川を表象する名称程度のものとして便宜的に用いられたというべきである。
・右によれば、本件においては、原告と被告Y雄との間において形式的に本件消費貸借契約が締結されてはいるが、本件消費貸借契約は、民法一条に内在する禁反言の原則及び同法九三条但書の精神に照らし、被告幸雄に対して効力を生じないものと解するのが相当であり、同様に、被告A子が名義上締結した本件連帯保証契約もその効力を生じる余地はないものと解されるから、被告らが、原告に対し、契約上の責任を負うことはないというべきである。
【東京地裁平成11年1月14日判決】
・原告が、本件貸付を必要としていたのがいずれの場合においても専らAであり、これに対する弁済資金を用意するのもBであることを認識していたこと、本件において、原告は、さしたる調査もしないまま、短期間のうちに融資を決定し、僅か一年余りの間に合計一億円余りを次々と融資実行していたものであるが、これは、もともと原告の本店総務部とAとの間の特別な関係に由来するものであることが窺われること、原告は、担保として提供された不動産は別として、被告の資力を重視してはいなかったこと、本件貸付において被告の名義が使用されたのは、専ら担保物件を有しないBには融資ができないという原告の内部的制限を潜脱しようとするものであったことが窺われること、本件貸付に対する返済が滞っても、相当な期間が経過するまで被告に対する請求すらなされなかったことからすれば、本件貸付当時、貸主である原告において、名義上の借主である被告が弁済することを真に期待していたとは評価し難いのであって、原告としても、被告が名義をBに貸したにすぎず、自らは債務を負担する意思を有していないことを知っていたものと認めるのが相当である。
・ところで、本件においては、本件貸付が原告と被告との間において成立したと認めることができるか否かについては争いがあり、特に、本件の貸付金が入金された口座の通帳をAが管理しており、原告もこの事実を承知していたことが窺われることからすれば、要物性の点からも問題があると解されるが、仮に、原告と被告との間における消費貸借契約の成立を認めることができたとしても、右のような事情からすれば、原告は、被告に対する関係においては、消費貸借契約上の貸主として法的保護を受けるには値しないというべきであって、結局のところ、民法九三条ただし書きの適用ないしは類推適用により、原告は、被告に対して本件貸金の返還を求めることは許されないものと解するのが相当である。
【大阪高裁平成11年5月27日判決】
・本件消費貸借契約については、R社と被控訴人の間で、R社が右契約に基づく債務をすべて負担して履行し、被控訴人は何も負担しないことが合意されていたのであり、Cは兵庫銀行新大阪駅前支店長として自ら又は部下に指示して右申込の処理を担当し、R社と被控訴人との間に右のような約束があることを承知しながら、右申込を承諾したのである。しかも、Cは、右の承諾をするについて、R社に巨額の協力預金をして貰い、かつ、少なくとも本件消費貸借契約が締結される前後ころまでは、自らもR社のため被控訴人と同じ立場でR社に名義を貸すことを承諾していたのである。そして、Cのこのような業務処理は、当時のゴルフ会員権の取引状況に鑑み危険性のないものと認識されていたのであり、兵庫銀行新大阪駅前支店の成績の向上に資するものであったということができる。また、銀行の支店長は一般に支店の業務遂行の全般について広範な権限を持っているものと認識されているということができるところ、被控訴人は、Bから、支店長のCが承知し自らも名義貸しをする予定であることを聞かされたこともあって、自らは何ら負担をしなくともよい関係にあるものと考え、本件の名義貸しに応じたものである。このような本件消費貸借契約締結の経緯に鑑みると、兵庫銀行において被控訴人が契約当事者であることに基づいて本件消費貸借契約の履行を求めることは信義則上許容しがたいところということができるのであり、本件消費貸借については、民法九三条但書の規定を類推適用して、これを無効と認めるのが相当である。そうすると、控訴人はその主張の連帯保証債務を負担しないのであるから、右債務を負担することを前提とする本件主位的請求は、理由がないことに帰する。
逆に、主張を認めず、請求を認容したものとして次のような例があります。
【東京高裁平成19年3月15日判決】
・転貸目的融資(被控訴人らのいう迂回融資)であるという埋由で直ちにA銀行から被控訴人TK社への貸付け(当初貸付1ないし4の金銭消費貸借契約)が無効となるとは解されず(転貸目的融資を受ける者が債務者としての法的な責任を負担することにより、転貸先である資金需要者の保証人的な機能を果たすことになる。)、また、A銀行の支店長らが被控訴人Y1に対して被控訴人TK社には返済義務を負わせない旨を確約した事実もなく、せいぜいA11が「ゴルフ場開発事業の融資の資金回収は、ゴルフ会員権の販売代金から行う。現在の経済情勢からすると、ゴルフ場開発事業は順調にいくだろう。A銀行とその関連会社が募集を行う。被控訴人TK社の心配するようなことにはならない。」旨の見込みを述べたにすぎないものであって、このことにより上記各金消費貸借契約が通謀虚偽表示(民法94条1項)により無効となることはないものというべきである。
・また、認定事実1(前記1(3)ないし(5))によれば、たとえ、被控訴人TK社の代表者である被控訴人Y1において、A銀行から転貸目的融資を受けても実際に被控訴人TK社が借入金を返済をしなければならない事態には陥らないだろうと判断したとしても、一方において、法的にはあくまでも被控訴人TK社が債務者であり被控訴人TK社に法的な返済義務があるものであることを当然に認識していたものと認められるから、被控訴人Y1がその真意において被控訴人TK社に返済義務がないものと考えていたとは認められないものである。そうでなければ、被控訴人Y1が、平成5年春ころに鹿島の杜ゴルフ場開発事業に関して多額の使途不明金があるという問題が発覚した際に、d興業の社長らと協議して自らが鹿島の杜カントリーの代表取締役に就任したり、また、d興業の保証のもとにゴルフ場仮開場資金15億円をA銀行から借り入れようとしたりするなどの、鹿島の杜ゴルフ場開発事業を立て直すために奔走するはずはないのである。したがって、上記各金銭消費貸借契約について被控訴人Y1に心裡留保ないしはこれに類する事情があったものとはいえず、その意思表示が民法93条ただし書の適用ないし類推適用により無効となることもないものである。
・なお、仮に、被控訴人Y1が、真実、被控訴人TK社には法的な返済義務がないものと考えていたとしても、金融機関であるA銀行はあくまでもその融資先を法的な返済義務者として融資をするのであるから、A銀行の支店長らにおいて被控訴人Y1の真意がそのようなものであることはこれを容易に知ることができず、現に本件においてもこれを知らなかったものというべきであるから、上記各金銭消費貸借契約についての意思表示が民法93条ただし書の適用ないし類推適用により無効となることもないというべきである。
本件については、第一審、控訴審とも、契約書上の借主である会社が担保提供していたり、債権譲渡に当たって異議なく債務の承認をしていたりといった事情から、民法93条但書類推適用を否定しています。