判例タイムズ1540号で紹介された裁判例です(東京高裁令和6年12月24日判決)。
解雇が無効とされると、使用者は、解雇されていた期間の賃金全額を支払わなければなりません(バックペイ)。
本来、賃金は労務提供の対価であるため、働いていないのであれば賃金は発生しませんが、解雇無効された場合、労働者は働きたくても働けなかったと評価され、その原因は違法な解雇をした使用者に帰責性があるためであり、なお賃金請求権を失わないとされているのです。
本件もそのような解雇を巡る事案ですが、本件では、使用者である会社(被控訴人)が解雇を撤回し職場復帰を命じたものの、労働者(控訴人)は、解雇にいたする経緯などから会社に不信感を持っており、復帰の条件などが整ってないとして就労を拒否したため、解雇撤回以降の不就労が会社側に帰責性がある者であるかどうか一つの争点となりました(本件ではほかにも争点がいくつからありますが割愛します)。
職場復帰を求めて解雇無効を主張しているところ、解雇が撤回されて職場復帰を命じられるという展開はそれなりにあるのですが、こうした場合、労働者としては使用者のそれまでの態度に不信を持っていることが多くおいそれと職場復帰する気にはなれない、さりとて、職場復帰を求めていたのに命令に従わなければそれを理由に解雇されてしまう可能性があるということで逡巡するところです。
この点について、本件判決はつぎのとおり述べています。
め本件解雇は違法無効であり、本件解雇に到る経緯に照らせば、本件解雇及びこれに到る被控訴人代表者の一連の言動により、控訴人と被控訴人との本件雇用契約上の信頼関係が、相当程度損なわれたことが認められるから、被控訴人が本件解雇撤回をし、労務提供を命じただけで、直ちに本件解雇等に伴う受領拒絶状態が解消されたということはできない。
めそして、本件解雇撤回後の控訴人の不就労が、被控訴人の帰責事由によるものであるか否かを判断するに当たっては、控訴人が労働者として労務提供義務を負っていることを基本として、被控訴人が使用者として、業務上の指示命令権限を有する一方、職場環境配慮義務を負っていることも考慮しつつ、控訴人が復職する上での具体的な支障の有無や、本件解雇撤回後の双方の対応状況等を総合考慮して、控訴人が労務提供可能な状態にあったといえるか否かにより判断するのが相当である。
その上で、裁判所は次のように説示して一定の時期までの不就労には相応の理由があったものとしています。
・以上の観点から検討すると、前記認定事実カのとおり、被控訴人は、令和 4 年 5 月 10 日頃、本件解雇撤回を通知し、同月 12 日から、本社へ出頭し稼働するよう指示したが、控訴人は、本件解雇前、A店で勤務していたものであり、前記のとおり、対立状態にあった被控訴人代表者から、一方的に給与の減額を告げられたり、退職勧奨を受けたりした後、これを拒むと、本件解雇をされたという経緯からすると、控訴人において、復職後の賃金、本店での職務内容等の就労条件や職場環境等を確認し、これが明らかになるまで就労を拒否するとの対応をとったことは、相応の理由があるものといえる。
・また、上記のとおり本件解雇は違法無効であるところ、被控訴人が、そのことを顧みず、解雇事由として挙げた事情について精査しないまま、懲戒手続を開始する旨告知したことは、控訴人に対して、恣意的に懲戒手続がされるとの懸念を抱かせ、被控訴人に対する不信感を増幅させるものであったということができる。
もっとも、次のような事情が生じた時期以降についての不就労には理由がないとしています。
・その後、控訴人から復職後の賃金、本店での職務内容等の就労条件や、本件解雇が不当解雇であったことを踏まえた職場環境の配慮等の質問や要望を受けて、被控訴人が、これに対して回答するといった交渉を重ねることにより、被控訴人が同年5 月 26 日頃に前記認定事実シの通知をした頃までには、被控訴人が指示命令する復職後の就労条件が、賃金については、被控訴人代表者が恣意的に発言した減給を前提としたものではなく、本件雇用契約に基づくものであること、就業場所については、配転命令に基づき本店での勤務を命じること、職務の内容については、A 店と同様、営業担当であり、就業時刻も同様であること等が明確化され、他方で、歩合給に影響する本件歩合給変更の適否や、ホームページ等を通じた来客でない顧客の割当て(反響)の方針については、明確化されないままであったことが認められる。
・また、職場環境については、被控訴人において、ハラスメントを行わないことを誓約し、被控訴人代表者がその窓口となること、懲戒手続については、稼働状況が安定するまでの間、停止することといった方針を示し、また、控訴人の申出があれば、過去のハラスメントの有無を調査し、必要な措置をとることや、歩合給の横取りやノルマ不達成に基づく給与の天引き等の指摘事項についても、さらに具体的な事実関係を特定して問題点が指摘されれば、精査検討する旨の方針を示したことが認められる。
・上記被控訴人の対応は、一部認識に相違があるものの復職後の就労条件や、その根拠を明示するものであり、復職後の職場環境に一定の配慮をするものであったということができる。
・職場環境への配慮については、その性質上、労働者からの具体的な指摘を待って、さらに具体的対応を検討するという方針を採ることは、相応の合理性を有するものであるところ、上記 5 月 26 日の通知後、控訴人は、さらに具体的な問題点の指摘をしていない。
・そして、前記のとおり、被控訴人は、同年 6 月 6 日頃、1 週間以内に改めて労務提供の意思の有無を連絡するよう求めたのに対し、控訴人は、同月 13 日頃、それ以上、復職に向けた条件等について、具体的に問題点を指摘したり、改善を求めたりすることのないまま、労務提供の意思の有無を明らかにせず、労働審判の申立てをする言を通知した。
・以上のような諸事情に照らすと、被控訴人が同年 5 月 26 日に上記通知をした頃までには、本件解雇による受領拒絶及びこれに伴い作出された労務提供を困難とする状況が相当程度改善されたということができ、他方、控訴人は、被控訴人が、その後、同年 6 月 6 日頃に、一定の猶予期間と理解し得る 1 週間の期限を定めて、労務提供の意思の有無を連絡するよう通知したのに対し、同月13 日頃の通知により、労務提供の意思の有無を明らかにせず、復職に向けたさらなる検討事項を具体的に指摘しなかったのであるから、その頃には、控訴人が労務提供可能な状況にあったと認められ、仮に被控訴人の措置が必ずしも十分なものとまではいえないものであったとしても、控訴人がさらなる検討事項を具体的に指摘していない以上、その後の不就労については、被控訴人に帰責性があるとは認められない。