判例時報2628号で紹介された裁判例です(大分地裁令和6年3月1日判決)。
本件は、公立の特別支援学校高等部に通学していた生徒(知的障害及び身体障害 障がいの程度(総合判定):A1 身体障害者等級表による級別:2級 障害名:運動発達遅滞、甲状腺機能低下症による体幹機能障害(歩行困難)(3級)、脳性障害による音声・言語機能喪失(3級)当時の当該生徒の精神年齢等 ①田中ビネー知能検査Ⅴ MA(精神年齢)2歳1か月、IQ(知能指数)13
②SA(社会生活年齢)2歳5か月、SQ(社会生活指数)19)が給食時間中に倒れ、その後死亡した事故について、遺族が、当該生徒には掻き込むような食べ方をして食物を丸飲みするという傾向があり、これによって咽頭が食物で閉塞され窒息が生じたことにより死亡したとし、本件教職員らは、給食時間中に当該生徒を見守り、食物による窒息を防止すべき注意義務及び同人の口腔内の食物を直ちに除去するなどの応急処置を採るべき注意義務等があったのに、これらを怠ったと主張して損害賠償請求したという事案です。
裁判所は、一般に、学校の教諭には、その職務の性質や内容に照らし、学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から生徒を保護すべき義務(安全配慮義務)があり、特別支援学校は、視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者又は病弱者(身体虚弱者を含む。以下同じ。)に対して、幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に準ずる教育を施すとともに、障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的とするものであり(学校教育法72条)、このような目的を実現するために、特別支援学校においては1学級ごとの児童生徒の人数等が制限されている(令和3年9月24日文部科学省令第45号による改正前の学校教育法施行規則120条等)ことから、知的障害を有する児童生徒は、一般に危険認知能力が低く、危険にさらされる場面が多くなると考えられていることも踏まえると、特別支援学校においては、知的障害を持つ児童生徒一人一人の特質に日頃から注目し、これに応じた特段の指導や配慮が求められるものというべきであり、その指導に当たる特別支援学校の教諭には、前記義務にとどまらず、当該児童生徒の障害の特質を踏まえた安全配慮義務があるものと解されるとしました。
その上で、特別支援学校において児童が給食時間中に食物を誤嚥し喉に詰まらせる事故が発生したことを契機として、平成24年7月3日付けで、文部科学省から、各都道府県の教育委員会等に対し、「食物の誤嚥は重大事故につながる可能性があることを改めて認識し(中略)食べる機能に障害のある幼児児童生徒の指導に豊富な経験を有する教職員を含む複数の教職員で指導する等により安全確保を徹底すること」、「食事中(中略)の幼児児童生徒の様子を観察し、適切かつ安全な指導を行うよう留意すること」等を域内の学校等に周知するよう求める通知(24初特支第9号。)が発せられたほか、平成25年7月1日付けで、同種の事故の発生を契機として前記指導の徹底を求める事務連絡が発せられているのであるから、特別支援学校である本件支援学校の教職員においては、給食時における窒息や誤嚥が重大事故につながる可能性があることを踏まえ、給食時において、当該児童生徒の有する特質に照らした配慮をすることが求められていたというべきであるとし、次のような事情を指摘して本件においては、当該生徒を給食時に指導していた担任教諭において見守り義務があり、担当教諭らはこれを怠ったものと認定しています。
・事故調査報告書には、当該生徒の担任である担任教諭が事故調査委員会からの聴き取りにおいて①「当該生徒さんは、ほとんど噛まずに飲み込むような傾向があり、お皿を持ってスプーンで掻き込むようにして食べる。」②「噛むことが上手にできない当該生徒さんのために食物を一口大にカットする。」と述べていた旨や本件支援学校の調理員が「食物を小さくして、搔き込む感じで食べていた。「ざーっと食べて止まって、ざーっと食べて止まって」という感じだった」と述べた旨が記載され(同ア(エ)、(オ))、また、消防署職員が作成した書類には、本件事故に関する救急活動に際して行った聴き取りにおいて、救急隊員に応対した本件支援学校の職員が、当該生徒は普段から食物を丸飲みにする傾向があったと述べた旨がそれぞれ記載されている。
・担任教諭は、当該生徒が倒れた後にランチルームに駆け付けた際、当該生徒の口の中に何かが入っているかもしれないと思い、同人の口に手を当てて口中を見ようとしていた。
・当該生徒が倒れた後の担任教諭の行動からすると、当該生徒には食物を搔き込むようにして口の中に入れ、よく咀嚼をせずに飲み込むような傾向があり、本件事故の発生前において、本件支援学校の教職員である担任教諭らもそのことを認識していたことが認められる。
・そして、当該生徒の前記の傾向は、食事の際に食物を喉に詰まらせるなどして窒息等が発生する危険を伴うものと評価されるものであり、特別支援学校である本件支援学校の教職員においては、給食時における窒息等が重大事故につながる可能性があって、給食時において、当該児童生徒の有する特質に照らした配慮をすることが求められていたことも踏まえれば、当該生徒の前記の傾向を認識していた担任教諭においては、本件事故発生時において、当該生徒の給食時間時、その動静を見守り、窒息等の危険性のある行動があった場合にそれを制止するなどして窒息等を防止すべき義務があったというべきである。
本件では、当該生徒は死亡当時障害基礎年金を受給していなかったものの、将来これを受給する蓋然性があったとして、障害基礎年金の受給額に相当する額を逸失利益として損害に含まれるかも問題となりました。
裁判所は、つぎのとおり指摘してこれを否定しています。
・当該生徒は、国民年金法5条所定の被保険者資格を得るよりも前に、その傷病について初めて医師の診療を受けているところ、同法30条1項に基づく障害基礎年金は、初診日において国民年金の被保険者であることが受給要件の一つとされていることから(同法7条1項1号)、当該生徒が同法30条1項に基づく障害基礎年金を受給する蓋然性があったとは認め難い。
・他方で、その初診日において20歳に達しておらず、国民年金の被保険者になっていなかった者であっても、同法30条の4第1項所定の受給要件を充足する者に対しては、障害基礎年金が支給されることとされていることから、以下では、当該生徒が受給する可能性のあった同項に基づく障害基礎年金相当額が逸失利益として認められるかについて検討する。
・同法30条1項に基づく障害基礎年金は、原則として、保険料を納付している被保険者が所定の障害等級に該当する障害の状態になったときに支給されるものであり、保険料が拠出されたことに基づく給付としての性格を有している。一方、同法30条の4第1項に基づく障害基礎年金は、被保険者資格を取得する20歳に達する前に疾病にかかり、又は負傷し、これによって重い障害の状態にあることとなった者に対し、一定の範囲で国民年金制度の保障する利益を享受させるべく、同制度が基本とする拠出制の年金を補完する趣旨で設けられた無拠出制の年金給付であるとされる(最高裁平成17年(行ツ)第246号同19年9月28日第二小法廷判決・民集61巻6号2345頁参照)。
・そして、同法は、同法30条の4第1項に基づく障害基礎年金について、刑事施設等に拘禁されている場合の支給停止(同法36条の2第1項)や所得制限による支給停止(同法36条の3第1項)等の支給停止事由を定めているところ、これらの支給停止事由は、同法30条1項に基づく障害基礎年金については定められていない。
・そうすると、同法30条の4第1項に基づく障害基礎年金は、拠出した保険料とのけん連関係があるものとはいえず、社会保障的性格が強いものであるというべきであり、同法30条1項に基づく障害基礎年金とは直ちには同列には解し難い。
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